9 断絶の境界線
空を覆う黒い球体が、これまでにないほど激しく明動した。全生徒の腕輪が耳を突き刺すような警報音を奏でる。
【警告:エリア『紅蓮の森』の選別フェーズは終了しました】
【これよりエリアの80%を禁止エリアに指定します】
【3時間以内に指定された別エリアへの門を通過してください。滞在者は即座に排除されます】
腕輪に表示されたマップに禍々しい紫色の網掛けが広がり始めた。
「始まった。追い出しにかかってきたわね」
一ノ瀬凛が鞘に納めた刀の柄を握り直した。
「まだここにいたのか……怪我は?」
蓮の問いに彼女は視線を逸らした。
「貴方の心配をしていなさい。その瞳……もう半分死神のようだわ」
蓮の左目は未だに血の混じった涙を流し死者の残滓を捉え続けていた。多少は回復したとはいえ、まだ戦える状態ではない。
「行こう。三人で」
その言葉に一ノ瀬は一瞬だけ驚いたような表情を見せたが、すぐにいつもの冷徹な顔に戻った。
「今の貴方たちの状態では――あの紫の霧に飲まれる。出口までの道、私が切り拓くわ。貸しにしておくからね」
三人は背後から迫り来る無の壁から逃れるように走り出した。道中、一ノ瀬がぽつりぽつりと話し始めた。
「私の能力【不可視の刃】……これは私の拒絶の形。剣道の名家に生まれ、常に勝利だけを求められてきた。友達が欲しくても私が勝つ度に、周りの目は冷たくなっていった。誰も近づけない、誰にも触れさせない。そう願い続けた結果が、この目に見えない刃なのよ」
一ノ瀬の言葉には自嘲の響きがあった。
「能力は性格の依存……貴方が他人の顔色を伺う鏡なら私は他人を傷つけることしかできない刃。この力を持った時点で、もう元の世界には戻れないのかもね」
「そんなことない!」
白河が走りながら叫んだ。
「一ノ瀬さんの能力は今、私たちを助けてくれてる。拒絶の力なんかじゃない。守るための力にだって変えられるはずだよ!」
一ノ瀬はなにも答えなかったが、その剣速は心なしか鋭さを増した。道を塞ぐ植物の蔦を切り裂き、文字通り道を切り拓いている。
しかし全生徒が蓮たちのように動けるわけではなかった。目的地の遥か遠い森の最深部に二人は取り残されていた。杉本は喘息持ちで青白い肌をしていて線が細い。対して遠藤は額に赤いバンダナを巻いた義理人情に厚そうな熱血漢である。杉本は昨日の魔物との戦闘で足を深く負傷していた。
「遠藤……先に行け! 俺の足じゃ――もう間に合わない!」
「ふざけんな! ここまで一緒に来たんだろ!」
遠藤は杉本を背負い、必死に泥濘を駆ける。だが背後からは不気味な紫色の霧が、音もなく――しかし確実に迫っていた。その霧が触れた樹木は瞬時に灰へと変わり崩れ落ちていく。
「あと……あと少しなんだ……あの丘を越えれば!」
前方に次のエリアへと続く光り輝く門が見えた。すでに何人かの生徒たちが、そこへ飛び込んでいくのが見える。しかし紫の霧の速度は負傷者を背負った人間の脚を無情にも上回った。
「ああ……ああああああああああっ!」
霧が遠藤の踵に触れた瞬間――叫び声は唐突に途絶えた。痛みすらなく存在そのものが消去される。杉本と遠藤の二人は光の門を目前にしながら、二つの空っぽの腕輪だけをその場に残して消滅した。
「今の……聞こえた?」
白河が顔を青ざめさせる。遠くから響いた誰かの最期の絶叫。蓮たちの背後にも死の霧が迫っていた。
「前だけ見て! 止まれば消えるわよ!」
一ノ瀬が叫び道を阻む巨大な倒木を一閃した。不可視の斬撃が道を切り拓き、三人は光り輝く門へと飛び込んだ。視界が真っ白に染まる。足元から感覚が消え、浮遊感に包まれた。
【エリア『廃都メトロポリス』に到達しました】
気づけば蓮たちは冷たいコンクリートの地面に突っ伏していた。見上げた先には崩れかけたビル群と、錆びついた鉄塔がそびえ立つ、死んだ都市の風景が広がっていた。
紅蓮の森とは違う文明の残骸。さらなる過酷な選別が生徒を待ち受けていた。
【生存人数:36名】




