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08 新たな家を得ること

 スヤンは浅く息を吐きながら目を開けた。

 客室の明かりは消えて久しく、犬の鼻息と時計の進む音だけが気を紛らわせる。


 長椅子に横たわり、剣を抱え、それでもスヤンは眠れないでいた。しかし眠れないのは都にいた頃もそうであったから、異変だという訳ではない。

 ただ考え事をしているだけだ。


 部屋の反対で、シャオは一つしかない寝台に寝ている。初めこそ頭目を差し置いてと渋っていたものの、一度毛布をかけてしまえば、あっという間に寝息を立て始めた。


 せめて一緒に寝ましょう、などと言っていたのは、知らない屋根の下にいる緊張なのかもしれない。


 やはりまだ子どもだなと思った。そういえば、シャオは十六だったか、十七だったか、もう少し上だったか。覚えていなかった。今度訊いたら気を悪くするだろうか、そんなことも考えた。


 目の下に隈が暗く刻まれていく感覚を覚えながら、スヤンは次にこれからのことについて考えてみることにした。


 先生(・・)に雇われて以来、人を斬って暮らす分には、自分に与えられた仕事の是非など気に留める必要もなかったから、自分であれこれ決めなくてはいけないことにどうにも慣れない。


 この二日間で一生分の会話をしたのではないかという気がする。

 そんな疲れからか、少し、迷いが生まれた。


 ここまで人の話を素直に聞いて、トントン拍子にやってきたが、果たして疑う余地はどこにもなかったのだろうか。

 本当は、また、どこかで間違えて、袋小路に進みつつあるのではないだろうか。

 不安が付きまとう。誰よりもまず、自分自身を信用することができない。

 雨夜に巣を温めるには、己の翼はあまりに小さすぎた。


 そんなことを考えていると段々と苛々してきて、スヤンは誤魔化すように寝返りを打つ。

 やめるべきだ。こんなことは性分ではない。ただ、目の前にあるものを、そのときに、食うか裂くか決めればいいではないか。


 ────いざとなれば自分一人ですべて潰そう。


 そう結論づけてから、ふと、部屋を去る前、エピが口にした言葉を思い出した。


「僕が言うのも何ですが、ここは本当にいい場所なんです。きっと素敵なスローライフを送れますよ!」


 また知らない単語だった。スヤンは怪訝そうに口を開いた。


「すろう、らいふ? とは何だ」

「ああ、えーと……」


 虚を突かれたのかエピは少し考え込んで、それから徐に答えた。


「そうですね……明日の自分を楽しみにすること、でしょうか」


 スヤンは口元を押さえて反芻してみた。

 すろうらいふ。意味は、明日の自分を楽しみにすること。よく分からないが、どうやらエピはこの村にいるとそれができると思っているらしい。


「興味深い」

「そうでしょう」


 彼の、気の抜けた笑顔ばかりが脳裏に映る。

 スヤンは柔らかい長椅子の上で小さく縮こまった。


三月(みつき)か。……長いな」


 羽織を被って目を閉じる。

 少しでも休んでおきたかった。あと数時間もすればまた日が昇って、エピが呼びに来るはずだ。


***


 翌朝、エピに連れられて、スヤンとシャオは村の南に外れたところにある古びた小屋を訪れた。

 小屋は壁に灰色の小さな石を鱗のように積み上げて、瓦で葺いた屋根は赤く塗られている。入り口や窓の戸にも同じように赤い板が取り付けられていた。

 確かに長年放置された雰囲気はあるが、頑丈そうで、二人で住むには贅沢なほどの大きさだ。


「扉は表に一つと、厩舎側に裏口があります。手前に広めのスペースがあって、奥の通路が馬房ですね。そちらを改装して個室にしてもいいですし、ロフト部分も使えますよ」


 エピに錠前を外してもらい、中を覗く。

 薄暗い中でも小窓から入り込む日差しは悪くない。

 元が家畜小屋にしては外から見ると随分高さがあると思ったが、それは梯子を使って上がる、屋根裏のような空間があるためらしい。

 埃や蜘蛛の巣を取り除き、がらくたを下ろせば、丁度一人分の部屋になるだろう。


 窓の鎧戸を開けながら、エピがにこやかに尋ねた。


「お部屋はどっちにします?」

「上」「上がいいです」


 スヤンはシャオと睨み合った。

 しかし、スヤンには持論があった。エピの言うロフトなる空間は扉が無く、つまり鍵がかけられない。それはほかの部屋に比べて安全を欠いているということで、そこには自分の身を自分で守れる、より強い者が住むべきなのだ。

 決して、自分がはしゃいでいる訳ではない。

 はしゃいでいる訳ではないが、希望を聞いてやらないのも気が引けた。


「…………じゃんけんだ」

「譲らないんですね……」


 苦笑いを浮かべるエピを余所にして、二人はいつにも増して真剣な表情で腕をまくり、向き合った。


「よろしいのですね、兄上。私はおやつのおかわり争いで負けたことがありませんよ」

「それは若いお前を(おもんぱか)って皆が手加減をしていたからだ。俺はあいつらほど甘くない」


 最初はぐー。じゃんけん────瞬きの後に繰り出されたのは、スヤンの鋏とシャオの拳だった。


「…………」

「やったー!!」


 シャオが兎のように跳ねて回る度、辺りに埃が舞い上がる。

 じっと自分の手を見て震えるスヤンは、まだショックという言葉を知らない。たまになら上がらせてあげてもいいですけど、とそっとシャオに言われても、まったく聞こえていないようだった。


 兎にも角にも決着がついたとみて、エピがひとつ手を叩く。


「さて! お片付け、頑張りましょうか〜」


 初日ということもあり、エピだけでなく、牧人のルセロも手伝ってくれることになった。辺りを駆けまわろうとするレイユンを紐で柵に結び、準備は万端だ。


 まずは居間になるはずの一番大きな空間から、朽ちかけの木箱を運び出したり、壁や柱を拭いたりして場所を作る。

 かまどや水回りをどうするかという話になり、スヤンはメルカードの露店で買った瓶詰めの改装魔術のことを思い出した。見せてみると、ルセロが設置してくれることになった。


「改装魔術か、少しばかりコツが要るが任されよ」


 誰でも使えるというのが三等級魔術の特徴だが、その分、仕上がりには使用者の技量が大きく影響するらしい。

 任せてみると本当に、青い陶製の瓦で飾られた、可愛らしい調理場が、寸分の狂いもなく部屋に備え付けられた。


 それからは手分けをして作業を進めることにし、がらくたの選別をエピたちが、スヤンは生活に必要な家具を作り、シャオは掃除を続けることにした。


「あらかた片付けましたけど、残りの床はどうしましょうか?」


 掃き掃除も終わり、一息つくシャオにエピが声をかけた。

 エピが言う通り、調理場部分の床だけは同じ誂えの内装になったが、ほかはまだ剥き出しの地面のままだ。

 すると、ルセロが自分の鞄を探り出し、古びた瓶を取り出した。


「そういうことなら、昔、知人にもらった改装魔術がまだ残っている。使い道もない故、ここで使ってしまおうか」

「貴重なものではないのですか?」


 シャオが尋ねると、ルセロは事も無げに首を振る。


「いや? 今は銀貨五枚もあればどこでも求められよう」

「兄上はこれをしゃぼん玉と一緒に金貨一枚で買っていましたが……」

「ああ……それは、それは……」

「ぼったくりですね〜」


 そんな訳で、古いものだから気にしないで使ってほしいと言われ、ありがたく受け取ることにする。

 開けてみると、途端に暗い色合いの艶めいた床板が敷き詰められ、室内は落ち着いた雰囲気になった。

 何となく、都にいた頃の古屋敷が思い出され、シャオはスヤンにも見てもらおうと外に出た。


「と……兄上」


 戸口に赤い番傘が放っておかれているのを見て、珍しいものだと目で探すと、スヤンは木陰に座り込んで作業に集中していた。

 どうやら倉庫にあった廃材を使って見様見真似の大工仕事をしていたようだ。

 スヤンは普段通りの仏頂面にも僅かに自慢げな気配を浮かべつつ、金槌を片手に立ち上がった。


「ふふ、シャオ、見ろ。机ができた」

「傾いてますが……」


 足の揃わない机は、スヤンが天板を叩く度にがちゃがちゃと揺れる。


「椅子は二つ……いや、三つ作っておこう」


 独り言のように呟きながら次の木板を手に取るスヤンを見て、シャオはくすりと微笑を浮かべて立ち去った。早く戻って、あの家具を置けるようにしようと思った。


***


「今日はとても面白かったですね!」

「そうか」


 高さのまったく違う椅子に座りながら、スヤンとシャオは新しい家で過ごす初めての夜を迎えていた。


 にこにこと話すシャオを見ながら、スヤンは温かな粥の乗った匙を口に運ぶ。


 夕方、村唯一の商店から当面の食料を買い、出来立ての調理場で試しに麦粥を作ってみた。自分で煮炊きをするなどいつぶりだろうと思いつつ、やはり馴染みの皿には程遠い味わいに顔をしかめた。


 引っ越し祝いにエピからもらったチーズを齧りながら、シャオが口を尖らせる。


「頭目だって楽しげにしていたではありませんか」

「そうか?」

「そうですよ! それに自分で粥まで作って、今のあなたを副頭が見たら……」


 明るかった声色に、微かな震えが混じり出した。それまで興奮を表すように忙しなく動いていた手がひたりと止まる。

 シャオは食べかけの匙をそっと置き、鼻声を誤魔化すように頻りに口元を擦った。


「副頭が、見たら…………」


 奇麗な黒い瞳から、何かを思い出すようにぽたぽたと涙が溢れ出した。


「見てほしかったです」


 声を上げて泣きじゃくるシャオを前に、スヤンは何もできないままでいた。

 それでも少しだけ、彼らに泣いてくれる人がいたことに、スヤンはほっとした。

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