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13 新たなる気づきを得ること

「ああ、ラディアンテスに会ったらしいな」

「そうだ」


 商館長の端的な問いに、スヤンは短く頷いた。


 シャオを連れてメルカードの市場に寄ったついでに、スヤンは商館長に会いに行くことにしていた。また追い返されるかもしれないが、一応、おかげさまで無事に過ごせていることを知らせたほうがいいのかもしれないと思ったからだ。


 しかし、想像とは裏腹にすんなりと執務室に入れてもらえたので、スヤンは内心で驚いていた。

 相変わらず書類から目を離さない商館長だったが、声からは棘がすっかり抜け、世間話にも応じてくれた。


「話はエピから聞いた。災難だったな。まあ、ああ見えて分別はあるやつだし、まずいことにはならんだろう」


 同情しつつも悪くは言わない口調に、スヤンは出された茶を片手で掴みながら、視線だけを彼女に向ける。


「親しいのか」

「私も仕事だからな。騎士団宛に文句を言いに行ったり、たまに酒を贈って宥めたり、付き合いは避けられん」


 あの騎士団長には商館長も随分手を焼いているらしい。しかし、恐れたところのない口ぶりにシャオは心配になって、支配者(オーバーロード)のことをそんな風に言っていいのかと小さく尋ねた。


「そういう場所もあるにはあるが……ここは違う。確かに騎士団は強いが新参で、我々が資金のほとんどを出資している以上、あまり大きな顔はできないのさ。実際、行政や金融はすべて商館に権利があるし、ラディアンテスも政治や金には興味がないらしい」


 それを聞いて、スヤンはなるほどと思った。

 スヤンは常々、どうして彼女が自分たちをベレタ村に向かわせたのか気になっていた。隙のない商人の、それも頂点に立つような人物が、まさか渓谷が通れなくなる時期のことを知らないはずがない。


 しかし、赤蹄騎士団との関係が分かれば推論は立てられる。

 資金は豊富でも防衛力に欠ける商業都市にとっては、出資で対等な関係に持ち込める支配者は好都合だ。

 それでも完全に兵力を騎士団に依存するというのは博打のはずだ。結局、暴力に訴えられてしまえば、商館は従わざるを得なくなるからだ。


 その解決策がエピなどのような個人の実力者であり、商館は彼らの悩み──例えば、ベレタ村の発展──などを解決する手助けをすることで留まってもらい、均衡を維持しているのだろう。


 要するに、自分たちは利用こそされたが、それゆえに商館長は敵にならないという訳だ。


 スヤンが答えに辿り着いたことに気づいているのかいないのか、商館長はいたずらっぽく笑ってカップに口をつけた。


「ともかく、うまく行っているようでよかったよ。なかなか、私の見立ても悪くなかっただろう」


***


 問題は、その後だった。

 メルカードからの帰り道、また長い一本道を進んでいると、甲高い悲鳴が聞こえてきた。


 少し先の丘のところで、大きな影が動いている。それは、木と布で出来た人形、案山子のような怪物だった。目を凝らすと、その影の下に少女がへたり込んでいる。


「駄目! 来ないで!」

「すずメの目玉を潰さナきゃ……かラすの羽を毟らなキャ……」


 砂や石を投げる少女の牽制を意にも介さず、怪物はゆらりと手を伸ばす。その形はあまりにも歪で、内側に詰まっているのは決して綿や端切れなどではないと思い知らされる。


「ここは、おいらの畑だぞう」


 怪物の腕が少女の両の手首を掴み上げると、左右に裂くようにゆっくりと引っ張り出した。


「放して! 放して!」


 今にも千切られそうな痛みからか少女は一層声を大きくして暴れるが、抜け出せそうにない。


「た、助けましょう!」


 返事も聞かず、シャオは一人で駆け出した。

 剣を抜くなと言われたが、戦うなとは言われていない。

 案山子は捕まえた少女に夢中で、こちらには気づいていないようだった。


「このっ」


 赤黒く汚れた一本足目がけて、走ってきた勢いのまま、滑り込んで薙ぎ払う。砂が肌や服を擦る感覚に目を瞑るが、思った通りに当たったらしい。


 衝撃に大きく体勢を崩した歪みは、ぱっと少女を手放した。ゆら、ゆら、弥次郎兵衛のように揺れたあと、縫い付けられた顔面でシャオを見下ろす。


「なんだ、なんだ、なんだ、おいらの麦に、手を出すなあ」


 異様に膨らんだ布の手からは、何かの肉や骨がべたべたとはみ出し、腐った血を垂らしている。


 不気味な鈍器が、少女を庇うシャオに向かって振り下ろされる。

 叩いて、潰して、また、空いた腹の中に収めなければならない。


 しかし、その怪物は、垂らした膿の一滴さえ、彼女を蝕むことを許されなかった。


「お前こそ、誰に触れようとしている」


 赤い傘の花が咲く。

 あらゆる汚濁を弾き、宿る者を覆い隠す。


 スヤンは開いた傘で案山子の殴打を受け切ると、そのまま払いながら閉じた。


 いつからか厭っていた太陽(ひかり)に自分の身が焼かれるのも忘れて、ただ、振り上げる。


 結局、戦わずにはいられなかったな、と思った。

 それが何だか悲しいようで、でも、少しだけほっとした。

 どれだけスヤンが遠ざけようと、シャオは自分で進んでしまう。それなら、スヤンがその背に追いつくしかない。


 勇気を出して、たくさんの人に出会ってきた。

 これからもきっとそれが続いていく。

 一歩踏み出す度に、赤い糸が結ばれていく。


 今日は、彼女が雨に濡れずに済めばいい。


 叩き込んだ一撃は、やはり歪みを貫くことはなかったが、中で骨組みが軋む音が何度もして、案山子はぐるぐる首を振った。


「いたい、いたい」


 そう言って逃げ去る案山子をスヤンは追おうとしたが、急に目眩がして、その場に膝をつく。

 何とか我を取り戻し、辺りを見回す頃には、案山子は穏やかな農場のどこかに紛れてしまっていた。


 一方、シャオは少女の手を取り、怪我がないか検める。


「立てますか?」

「う、うん」


 少女はジョスランと名乗った。

 亜麻色の髪を真っ直ぐに伸ばした、緑の帯の髪留めが印象的な女の子だった。


「一人で何をしていたのですか」

「私、寮に入って街の学校に通ってるの。休暇になったからお家に帰ろうと思って……」


 道を歩いていると、突然、話しかけられて、振り返るとあの怪物がいたらしい。

 もしスヤンたちが通りかからなければどうなったことかと三人で胸を押さえる。


「家は」

「ベレタ村よ。この先にあるの」


 あれ、と顔を見合わせる間もなく、ジョスランが向こうからやってきた人影に嬉しそうな声を上げた。


「あ、ルセロ!」

「お嬢さま!」


 馬に荷台を引かせて、ルセロが慌ててやってくる。

 駆け寄ったジョスランを、彼は困ったように窘めた。


「旦那さまは学校でお待ちをと仰ったはずでは」

「待ってられなかったの。早くパパとママに会いたくて!」


 それから、ジョスランの服が汚れていたり、破れていたりすることに気づき、ルセロは顔を青くする。


「……これは何事で」

「何でもないわ! 転んだだけよ」


 誤魔化そうとするジョスランだったが、スヤンはルセロをつついて小さく言った。


「歪み……だと思う。追い払ったが、とどめは刺せなかった」

「かなり凶暴な個体でした。エピさんに伝えて、騎士団まで話を通したほうがいいかもしれませんね」


 そうしよう、と頷くルセロの後ろから、ジョスランが顔を出す。


「あなたたち、私のパパ知ってるの? ええ、そうよね、本ッ当にすごいヒーローなんだから!」

「ん?」

「えっ?」


 聞き間違いだろうか。

 思わず声を漏らしたスヤンたちに、ジョスランは首を傾げる。


「あれ? 違うのかしら。でも、私が言うのも何だけどパパって変な名前だし、この辺にはほかにいないと思うのよね」


 ジョスランはニコニコと笑ってそう言うが、スヤンたちはそのまさかをまだ飲み込めずにいた。

 そんな困惑を悟り、ルセロが眉を下げて荷台を指す。


「ともかく、皆、荷車に乗られよ。話は帰りながらにしようではないか」


***


 シャオとジョスランが楽しげに話している間、ルセロは手紙の魔術でエピに帰宅の連絡をし、スヤンは流れる景色をぼうっと眺めていた。


 日が暮れ始め、疲れてうとうとしてきた頃、ルセロに起こされると、そこには見慣れてきた光景があった。背の低い石塀、上り始めたかまどの煙。素朴な時間の続くベレタ村の入り口では、エピが四人の帰りを待っていた。


 ジョスランは荷台を飛び降り、エピの胸に飛びついた。


「パパ!」


 エピは彼女を軽々と抱き上げ、額をくっつけて労う。


「お帰りなさい、ジョスラン。お疲れさまでしたね」

「まだ来週に試験があるもの、気は抜けないわ」


 そうやって笑うジョスランだったが、エピはルセロと目配せをすると、彼女の鼻をつまんで言った。


「でも、学校で待っているという約束を守らなかったのはいけませんよ。歪みに遭ったことを隠そうともしたそうですね」

「うっ」

「僕もママもルセロも心配させて、何よりあなたが危ない目に遭ったでしょう」


 ばつが悪そうにエピの腕から降りたジョスランへ、ルセロは重ね重ね言いますが、と腕を組んだ。


「誠に……ハァ、お嬢さまに何かあれば、私も生きておれませんので」

「うん、ごめんなさい……」


 しおらしく俯くジョスランを抱き寄せ、エピは優しく頭を撫でる。

 それからスヤンたちに向き直ると、深々と礼を述べた。


「お二人とも、本当にありがとうございました。紹介が遅れましたが、この子は僕の娘のジョスランです」

「本当にお子さんだったんですね……」


 よく見ると目の青色がそっくりで、顔立ちの柔らかな雰囲気も同じだ。

 しかし、それでも、エピに子どもがいるというのが何だか不思議でシャオは二人をまじまじと見比べた。


「助けてくれてありがとう! またお話しましょ!」


 去り際、ジョスランへ手を振り返しながら、スヤンは一人で考えた。


 ここでは誰も敵にならない。

 そう理屈で分かっていても、心に湧き出す寒さが収まらない。

 どこかに何かが隠れている。

 そんな予感が、いつまでも足首を掴んでいた。


 身体が重い。今日は早く休もう。

 スヤンはそうして、夕暮れに目を伏せた。

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