不毛な悩み
〈何もかも焚き火にくべて終はりとす 涙次〉
【ⅰ】
杵塚は4本めの映画を撮るらしい。映画監督と云ふのは、一つの脚本からどれだけ創造力を引き出せるかゞ勝負(と云つても彼の場合、スクリプトも自分で書いてゐるのだが)で、それは謂はゞ「心樂しい」、創造的な作業である筈だ。文學者・谷澤景六としては羨ましいのである。と云ふのは、小説を書くのは不毛な「悩み」の處産である、そんな圖式が谷澤=テオの頭にはあつたからだ。
【ⅱ】
故買屋Xの事務所。「あのなあ國王、テオくんの小説原稿がブラックマーケットに出てゐるんだ」-怪盗もぐら國王「何だつて!?」-「正確には、櫻林悌生つて云ふ彼の變名で書いたポルノ小説だが」-「ポルノなんて、奴は書くのかい?」-*「市上馨里との、猫と人間との、幻想的な交情の模様を赤裸々に綴つた- つて鳴り物入りだぜ。未發表の傑作だと云ふ話」-「データが丸ごと盗られたのか?」-「さうなんだ。電脳(この言葉も、もう大分古びては來たが)泥棒の一派の仕業だと」-「あんたそれに手を付けたとか云はないよな」-「流石にそれは、俺の倫理規定に叛する。だがこの情報、テオくんに賣れないだらうか」-「どの道奴にはその邊教へないと駄目だからな〜。俺が掛け合つてもいゝぜ」-「宜しく頼む」。
* 當該シリーズ第82・94話參照。
【ⅲ】
「-と云ふ話なんだ。テオ、きみカネ出すか?」-「木嶋さんに訊いてみないとな。一體何処のどいつだ、その電脳泥棒の一派つてのは」-「だうやら正體不明だつて。故買屋も知らないつてさ」-「場合に依つては報復行為もあり得るが-」-「ブラックマーケットで暴れるのか?」-「だうせ取り返すのにカネが掛かるんなら、カンテラ兄貴とじろさんにギャラ拂つても同じだよ」
※※※※
〈心にはヒーロー像の瓦解ありその時筆を擱くは叶ふか 平手みき〉
【ⅳ】
* 木嶋さん。「先生が、その櫻林名義の作品を、改めて發表されるなら、そのおカネも出ますが-」-テオ「僕としては秘して置きたかつたんだが。だうせ話が拗れて行くばかりなら、公表しても同じかな」-「うわ、わくわくします〜! 先生初のラヴロマンぢやないですか」-木嶋さん、單なるマネージャーを超えた、一箇の谷澤マニアとして、これを云つてゐる。
* 前シリーズ第1話・他參照。
【ⅴ】
で、カンテラ&じろさん。カンテラ「ブラックマーケットにはその『一派』つて云ふのは、顔を出すのか?」-テオ「そこら邊不明なんですよ。奴らのコンピュータにハッキングしやうとしても、ブロックが固くて」-じろさん「まあ行つてみてのお樂しみだな。ブラックマーケットには故買屋くんが案内してくれるんだろ?」-テオ「はい」
【ⅵ】
だが、マーケット開催(所謂「競り」の形式で行はれる)当日、カンテラ・じろさんコンビが見たものは- 一團の【魔】である電脳泥棒一派だつた。彼らはオークション最髙額5千萬圓でOKを出した。キャッシュが積まれ、「一派」はそれをアタッシュケースに仕舞ふ。そこにカンテラとじろさんが割り込んだ。「ちよつと待つた。由緒ある當マーケットが、【魔】の手に墜ちるのを、黙つて見過せるのか、諸君?」。場内騒然となつた。「連中を排除しろ!」騒ぎに乘じて「一派」=【魔】逹、をカンテラが斬り斃して行く。その間にじろさんがアタッシュケースを奪ひ盗り、彼ら(カンテラ、じろさん、故買屋)はマーケットを脱出した。
【ⅶ】
アタッシュケースのキイは、もぐら國王が器用に(意外だが)針金を使つて開けた。「若い頃した修業が初めて役に立つた・笑」と、國王、してやつたりである。中身のカネは、カンテラ一味と國王・故買屋組で山分け。テオは自らの懐を痛める事をせずに濟んだ。
【ⅷ】
「さう云ふ譯でね、木嶋さんには惡いけど、櫻林名義の作はお藏入りだよ」-「え゙!?」。心待ちにしてゐたブツは木嶋さんの空想の中に消えた。
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〈寒仕込みなる醤油あり酒があり〉
「兄貴、じろさん、有難うございました!」-「禮なら國王と故買屋くんにしなよ」とじろさん。カンテラ「然しそんな表に曝すのが嫌なものなら、書かなきやいゝのに」-テオ「そこが文學の『不毛』たる處以でして」-「???」。お仕舞ひ。
PS: この「不毛」なる件、小説(小説めいたもの、でも良い)を書かれる皆さんにはお馴染みかと思ふ。筆者もそれに苦しめられてゐるのだが、そこが小説の醍醐味だ、と仰る方もをられるだらう。




