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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界破滅クロニクル

作者: みどり

初投稿です!

よろしくお願いします!

 ――二宮しのみや しん/30歳/都内勤務の営業職


 会社のエレベーターが揺れた。

「地震か?」と思うより前に、スマホが一斉に鳴り出した。緊急地震速報。遅い。


「……まじかよ」


 外に出ると、向かいのビルの一部が崩れていた。煙と悲鳴が混ざって、昼間なのに景色が灰色だ。


 スマホに新しい通知が届く。

【臨時ニュース】

・東海地震M8.7発生

・イエローストーン火山活動異常

・北米全土、電磁通信遮断


「冗談……だろ?」


 思考が止まりそうになるなか、会社の後輩が叫ぶ。


「二宮さん!ネット、全部繋がらないっす!」


 その瞬間、太陽の光が一段と強くなるのを感じた。違う。これは熱じゃない。

脳の奥を突くような“圧”がある。


 空を見上げると、まるで昼空にオーロラのような、奇妙な揺らめきが広がっていた。

衛星が、落ちてくる。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか/17歳/高校2年生


「え、富士山……?」


 教室の窓から見えたその山は、信じられない量の煙を吐いていた。真っ黒だ。


「嘘でしょ、これCG?」


誰かが言うけど、誰も笑わない。


 突然、学校中の電気が落ちた。生徒の誰かが「EMP?」とか言っていたけど、意味はわからない。ただ、スマホも、テレビも、ラジオも、全部が黙った。


 校庭にはすでに保護者の車が殺到していた。

でも、全員が迎えに来るわけじゃない。


「ママ……」


 連絡がつかない。父は海外出張中。兄は自衛隊にいるが、基地がどうなったかも不明。


 そのとき、廊下の隅で誰かが言った。


「これ、終わるんじゃね?世界」


 優香は、何も言えなかった。

ただ、誰かの手を握っていた。知らないクラスメイト。

でも、そのぬくもりが今、一番必要だった。


---


 ――三崎みさき 洋一よういち/70歳/年金生活者・警備員バイト


「昨日までは、なんの異常もなかったんじゃが……?」


 警備室のモニターは、ノイズだらけだった。

昨日は通常勤務だった。

今日は、東京湾から上がるキノコ雲を見た。


「核か……。ついに誰か、やったんか……」


 携帯ラジオからは、途切れ途切れの英語混じりの緊急放送。

「日本、韓国、台湾、そして一部アメリカ西海岸で爆発……」

もう、戦争は始まっていた。


 ――それだけじゃない。


 ふと、視界の端に動くものが見えた。

ビルの谷間を何かが動く。

ネズミじゃない。ドロドロの粘液のような、何かが。


「……ウイルス、か?」


 SARSでもCOVIDでもない。見たことのない形の生命体だった。

冷や汗が流れる。

だが、立ち止まってもいられない。

彼には、守るべき人がいる。


 孫が、都心の高校に通っていたはずだ。

名前は――一ノ瀬 優香。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 午後、会社の同僚たちは地下の駐車場へと避難した。

けれど、俺は動けなかった。


「なあ、これ……おかしいだろ」


 地上から見た都心の風景は、もう“都市”じゃなかった。

ビルは倒壊し、火の手が上がり、道路は寸断。

だけど、そこに一台のタクシーが、奇跡のように止まった。


「乗るかい?兄ちゃん」


 運転手の顔に、深い皺があった。

たぶん、俺の父親と同じくらいの年だ。


「……お願いできますか」


「家族か?」


「……婚約者が、世田谷にいます。連絡が、もう取れないんです」


「なら、急ごう。道は荒れてるが、行けるところまで行こう」


 ハンドルを握る手が震えていた。

俺は黙って、窓の外を見た。


 空に黒い稲妻が走っていた。

まるで、空そのものが怒っているようだった。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 先生が「生徒全員、体育館に避難だ!」と叫んでいた。

でも、私は屋上に向かった。母のことが心配だった。


「お願い、出て……出てよ……!」


 スマホを握りしめて、何十回も発信する。

でも、画面には「圏外」の文字だけ。


「……やだよ。やだよ……」


 そのとき、風が止まった。

風車がゆっくりと回転を止め、空が沈黙する。


 “ドン”


 鼓膜の奥を突くような音が聞こえた。

富士山の噴煙が、さらに巨大になっている。

それだけじゃない。


 遠く、東京湾の方向で“何か”が浮かんでいた。

気球?いや、違う。


「……人工衛星?」


 それは、燃えながら落ちていた。

何十、何百という塊が、空を引き裂きながら。


 優香はその場に立ち尽くす。

叫んでも、泣いても、もう意味がない。


 でもそのとき、不意に肩を叩く手があった。


「お嬢さん、ここは危ない。逃げるぞ」


 振り返った相手は――見知らぬ老人だった。


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


「わしは……間に合ったんか?」


 孫の通う高校まで、歩いてきた。

道はひび割れ、瓦礫が転がっていた。


 だが、何よりも異様だったのは、人が“いない”ことだった。


 途中、ショッピングモールは略奪で荒れ、道路には車が捨てられ、すれ違う人々は皆、目が死んでいた。


 けれど、校門の前で彼は見つけた。

屋上に立つ、小さな人影。


 ――優香。


「……おるな、確かに」


 だがその瞬間、再び空が鳴る。


 ズオオオオオン!


 耳鳴りのような音と共に、空から“何か”が落ちてきた。

機械の塊――おそらくアメリカの衛星だ。


「優香ァァァァ!」


 叫びながら、三崎は階段を駆け上がる。

自分の脚がまだ動くことに、彼自身が驚きながら。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 車は途中で止まった。

電力の異常で信号も機械もダメだ。タクシーの運転手は、「これ以上は無理だな」と言って静かに車を降りた。


「すまんな、兄ちゃん。無事でな」


 そう言って、彼は人混みに消えた。

俺は一人、瓦礫と煙の都心を歩き始めた。


 スマホはただの板だ。駅は封鎖、警官もいない。

けれど――空には、いた。


「……ドローンか?武装?」


 無数の小型ドローンが、渋谷の空を旋回していた。

誰かに指示されてるわけじゃない。これは、自律行動。


 人が逃げれば、それを追うように――撃った。


「……は、なんだよ、これ」


 まるで映画のワンシーン。

でも目の前で、人が倒れるのを見てしまった俺は、もう映画の観客じゃなかった。


「助けてくれ!誰か!」


 声がした。近くの高架下から。

思わず走る。


 そこにいたのは、制服姿の女子高生と、老人だった。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


「おじいちゃん……」


 三崎と名乗った老人――洋一は、瓦礫の中で私をかばってくれた。

ドローンの銃撃から、腕を切りながら。

この人は近くに住んでるお母さんのお父さん、おじいちゃん。


「わしが、必ず守る。わしは、強いんじゃ」


 その言葉は、とても不安定で、だけどまっすぐだった。


 それでも、立ち上がろうとしたとき、誰かの足音が聞こえた。


「大丈夫か!?」


 若い男。スーツのジャケットを脱いで、顔は埃だらけ。

けどその目は、まだ“正気”だった。


「俺は、二宮信っていう会社員です。ここ、危ない。早く隠れましょう!」


 彼の声は、なぜか信じられた。


「あなた、怪我してる!」

私は三崎さんの腕を指差した。


「ええんじゃ、これくらい。元から年寄りじゃし、少々崩れたって変わらん」


 三人は、廃ビルの地下に滑り込んだ。

そのとき、上空では無人機が火を吹きながら、別の建物に突っ込んでいった。


「制御が効かなくなってる……軍事AIが暴走してるのかもしれません」


「軍事……AI?」


「わかりやすく言うと……機械が勝手に『敵』を選び始めてるんです」


 それは、優香の知らない“未来”の言葉だった。


 でも、それが“現実”になっていた。


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


 背中が痛む。

けれど、あの若者がいなければ、わしも優香も死んでた。


「信さん、あんた……一人でこの地獄を抜けてきたのか」


「はい……っていうか、気づいたら、誰もいなかったんです」


「そりゃ、強いわけじゃ。生き残ったもんが強いんじゃ。今の世の中は」


 言葉に、誰も反論しなかった。

沈黙の中で、非常灯の赤い光だけが、三人を照らしていた。


 それぞれが、それぞれの“喪失”を胸に抱えながら――

このとき、ようやく三人は出会ったのだ。


 世界の終わりの、ほんの入口で。


○○○○○


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 冷たい水音で目が覚めた。

地下の床から、じわじわと水が滲み出していた。


「……雨?」


 空調も止まり、気温は下がる一方。

窓の外、コンクリートに叩きつけるような大雨が見える。


「酸性雨かもしれないな」

信さんが、かすれた声でつぶやく。


「え……? それって、触ったら……」


「肌がただれるレベルの濃度かは分かりませんが、火山灰と大気汚染が混ざったら、可能性はある」


 天気予報では、晴れのはずだった。

でも、そんなものはもう通用しない。気象衛星は、燃えて落ちたのだ。


 優香は、濡れた制服を絞りながら、小さく震えた。

身体よりも、心の奥が冷たかった。


「……これから、どうなるのかな」


 誰にともなく言ったその言葉に、しばらく答えは返ってこなかった。


---


 ――二宮しのみや しん


 地下の避難スペースは、元は倉庫だったらしい。

非常灯のバッテリーもそろそろ切れる。

飲み水は自販機で買った数本、食料はカロリーメイトが1箱。


 このペースなら、あと1日で詰む。


「……移動しよう。ここは危険だ」


「でも、どこに行くんです?」

優香が問う。


「都心の病院やビルは封鎖されてる。政府の避難誘導も……機能してるか怪しい。けど、ひとつだけ頼れる場所がある」


 信が指差したのは、彼のスマホだった。

電源は入らないが、画面には手書きの地図と「赤い×」印。


「……婚約者の家?」


「正確には、彼女の叔父が元自衛官で、シェルターを持ってる。もし、まだ生きていれば、そこが安全圏だ」


 信は、半ば賭けるように言った。

でも、それは確かに希望だった。


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


「じゃあ、行くしかないな。じいさんも、孫も連れてってくれるか?」


「もちろんです」


 信は即答した。


 三崎は、若者のその即答が嬉しかった。

この時代に、誰かを信じるって、それだけで“強さ”だ。


「んじゃ、わしは最前列歩く。年寄りが地雷踏んだら、若いもんが助かるだろうが」


「やめてくださいよ」

信が笑う。

それは久しぶりに聞いた、人間らしい笑いだった。


 しかし――


 ピピッ……ピピッ……


 金属音のような警告が、地下に反響する。


「ドローン!? ここまで追ってきたのか!?」


「まずい、見つかった……っ!」


 赤いセンサー光が、階段から差し込んできた。

すぐそこだ。


「逃げろ!!」


 三人は、非常口から雨の中へと飛び出した。

酸性雨かどうかなど、もう関係なかった。


 生きるか、死ぬか。それだけだった。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 天井が、崩れた。


「――ぐっ!」


 瞬間的に体を丸めたが、背中にコンクリートの破片が当たった。

耳の中で、地鳴りと爆音が混ざって響く。


 トンネルが、落ちた。


「……っ、大丈夫か!優香さん!三崎さん!」


 叫んでも、返事はない。

目の前の出口は土砂と鉄骨で塞がれていた。


「……っくそ……!」


 拳を握りしめ、崩れたコンクリの壁を叩いた。

だが現実は変わらない。今、俺は独りだ。


 手持ちの荷物は、懐中電灯、地図、ナイフ、非常食1袋。

水は、数口分。


「落ち着け、俺は、死なない……まだ死ねない」


 婚約者のこと、まだ見つかってない。

そして、あのふたりを見捨てたままじゃ、いられない。


 俺は立ち上がり、崩落したトンネルの奥へと、一歩ずつ進んだ。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


「おじいちゃん!こっち!早く!」


 雨が冷たくて、痛いほどだった。

でも、それよりも背後で聞こえるドローンの羽音の方が怖かった。


 どこかの地下鉄の出入り口。封鎖されていたはずが、一部だけ崩れて穴が開いていた。


「この中……入ろう!」


「お、おう!」


 ふたりは息を切らしながら、濡れた階段を駆け下りた。

中は真っ暗で、懐中電灯も持っていない。


 でも、雨も、追手も、ここまでは届かない。


「……しんどいな、こりゃ」


「信さん……大丈夫かな」


 優香は震える指でスマホを握りしめた。

画面には、何も表示されない。

電源は生きているのに、どこにも繋がらない。もう、世界は遮断されている。


「……おじいちゃん、ここ、どこ?」


「地下鉄の廃路じゃな……もう誰も使っておらん」


「誰も……?」


 その言葉の意味を、すぐに理解した。

この中に、“誰か”がいる可能性は低い。

でも――“何か”がいる可能性は、ゼロじゃない。


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


「わしも、よう走ったもんじゃ……」


 呼吸が苦しい。足も痛む。

だが、優香だけは絶対に守ると決めている。


「大丈夫か、優香……?」


「うん……うん……でも……」


 優香の瞳は、闇に飲まれそうだった。

その小さな手を握る。


「信って兄ちゃんは強い。あの男なら、きっとまた会える。わしには、わかる」


「……根拠、あるの?」


「ない。けど、わしの勘じゃ。年の功ってやつよ」


 ふっと、優香が少しだけ笑った。


 そのときだった。


 ――コツン


 乾いた靴音が、奥から響いた。

一歩、また一歩。


 誰かが、こっちに向かってくる。


「……誰か、いる……?」


 だが、その足音は妙だった。

規則正しく、ゆっくりで、何より……


 足音だけが聞こえて、姿が見えない。


 三崎は、優香を背にかばった。


「……名を、名乗れぃ」


 足音は止まらない。

むしろ、近づいてくる。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 崩落したトンネルの中。

小さな空間に閉じ込められた俺は、石を積み、足元をならし、出口を探していた。


 腹が減っていた。喉も渇いていた。

それでも進んだ。


 と――唐突に。


『あなたは、誰ですか?』


 声がした。女の声だった。

だが、響き方が違う。耳から、じゃない。脳に直接響くような――


「誰だ……?」


『ここは、遮断空間。情報を保持する個体、あなた。確認、完了。』


 一瞬、混乱した。

人工知能?ウイルス?サイバーテロの残滓?


「……お前、何が目的だ?」


『問いに対する明確な定義が不在。あなたは、“生き延びたい”と定義されますか?』


 そのとき、トンネルの壁に、文字が浮かび上がった。


【選択肢】

▶ 生き延びたい

▶ 諦めたい


 冗談じゃない。


「ふざけるな……人間の命を、選択肢にすんな」


 拳を握って、壁を叩いた。

血が滲んだ。痛みが走った。

だが、その瞬間――声は、微かに笑った気がした。


『了解。あなたは“生”を選択。行動ルート、開示。』


 目の前の崩れかけた壁の一部が、自動的に崩れた。


 人工知能か、残されたシステムか……

わからない。


 でも今は――この道しかない。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 その“音”は近づいていた。

でも、見えなかった。


 足音だけが響いて、姿はどこにもなかった。

風も、光も、何も揺れない。けれど、**“気配”**だけが確かにある。


「……やばい、これ、絶対にやばいやつだよ……」


「動くな。わしが、何とか――」


「おじいちゃん、待って!」


 私は、その“気配”に向かって声を張った。


「誰か、いるんでしょ!?見えないなら、せめて、声を聞かせてよ!」


 一瞬、空気が震えた。


 次の瞬間――目の前に、“黒い人影”が現れた。

それは、ヒトの形をしていた。

けれど、顔はなかった。ただ、闇でできたような輪郭だけが存在していた。


「……これは、人じゃない」


 三崎さんが呟いた。


「でも、何か言いたいみたい。……怖くないよ。私、オバケとか幽霊とか、昔から信じてるもん」


 優香は、一歩、前に出た。


 すると、その影は、まるで“安心した”かのように、ゆっくりと消えていった。

そしてその足元には、小さな“缶”が置かれていた。


「……水?」


 彼女は、それを手に取った。冷たい。確かに、水だった。


「……助けて、くれたの?」


 答えはない。けれど、彼女の中で何かが“つながった”。


 この世界にはまだ、人じゃない“善意”が、残っている。


---


――三崎みさき 洋一よういち


「お前、ほんまに……肝が据わっとるな」


「怖いよ。でも、私たちが“生きてる”なら、ちゃんと答えなきゃ」


 三崎は、少女を守りながら、もう一度空を見た。

真上に広がる地上の空には、黒い雲と、時折走る放電。


 でも――


「見ろ。雲が、少し割れた」


 一瞬だけ、月の光が地下まで差し込んできた。

ほんのわずかな光が、二人の目に焼きついた。


「生きとるだけで、ええもんやな」


「うん……そうだね」


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 俺は、歩き続けていた。


 人工知能らしき“声”の導き通りに、崩れた地下を抜け、下水道を這い、ようやく地上に出た。


 朝の光はなかった。

薄暗い曇天の下、建物の影ばかりが伸びていた。


 そして、ついに――たどり着いた。


「……ここだ。あの家だ」


 世田谷の住宅街。

かつて彼女が「叔父が防災マニアでさ、地下に変な部屋があるんだよ」と笑っていたあの家。


 外観は無傷。門も鍵も無かった。


「……留守?」


 いや、違う。人気はある。だが、何かが、妙だ。


 インターホンを押す。

……応答はない。


「……ごめん」


 俺は、扉の隙間から中へと踏み込んだ。


---


 ――シェルター地下階


 玄関の奥、キッチンを抜けた床に、鍵付きのハッチがある。

非常灯が点いていた。まだ、電源は生きてる。


 開けると、地下へ続く階段。

その奥、鋼鉄の扉に張り紙があった。


『外部開放禁止。感染拡大防止のため、決して入れるな』


「感染……?」


 一瞬、足が止まった。

だが、呼吸器の症状はない。放射能汚染でもない。


「ウイルスじゃない。これは、“心の”感染だ」


 俺の直感が告げていた。


 扉の前に立ち、そっとノックする。


「……綾。いるなら……信だ。二宮信。俺だよ……」


 静寂。


 やがて、内側からカチリと音がして、扉が開いた。


 薄暗い地下空間。中には、十数人の男女がいた。

だが――誰一人、こっちを見なかった。


 目が、死んでいた。


---


 ――地上と違う“終末”


「ようこそ……来ない方が良かったのにね」


低く、疲れきった声で話しかけてきた男がいた。

50代くらい。軍服のようなものを着ている。


「君が……綾の、婚約者か」


「はい……彼女は、どこに……」


「……先週、自ら薬を飲んで逝った」


 時間が止まった気がした。


「……嘘、だろ……?」


「現実だよ。人はね、希望が完全に絶たれると、先に“心”が死ぬんだ」


 男は、地下の人々を見回した。


「ここには、生き延びる設備も、水も食料もあった。でも、それは“魂”を守ってはくれない」


 彼は微笑んだ。壊れかけた顔で。


「この場所は、確かに“シェルター”だった。だが今は違う。ただの、“死なない地獄”さ」


---


 ――選択のとき


「君も、眠るか? もう、楽になれる薬ならある。皆そうしてきた」


手渡された小瓶。中には、睡眠薬のような錠剤が数粒。


「綾も、これを飲んだのか……」


「彼女は、最後まで君を信じてた。……でも、間に合わなかった」


 信は、拳を握った。


「……間に合わなかったことは、責めない。だけど、俺はここで終わらない」


 小瓶を、ゆっくり床に置いた。


「俺はまだ、“誰か”と繋がってる。外には……まだ、世界が残ってる」


 その言葉に、沈黙していた人々の一人が、わずかに顔を上げた。


 その瞬間、信は確信した。


 絶望も感染する。でも、希望もまた“伝染”する。


「外に行く。もう一度、二人と合流する。俺は生きる。必ず、生きてみせる」


 背中に、かすかな声が届いた。


「……私も、行っていい?」


 それは、かすれた少女の声だった。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 シェルターを出たあと、俺はその少女と並んで歩いていた。


「名前は?」


真白ましろ。13歳」


「家族は?」


「……パパもママも、最初の騒動のときに。私はひとりぼっちになって……シェルターに拾われたの」


 彼女は、あの“眠る人々”の中で、唯一希望を選んだ子だった。


「俺も……ほとんど同じだ」


 小さく笑って、俺は背負っていたリュックを下ろす。

中の水と食料を、真白に分けた。


「本当に行くの? 都心を抜けて?」


「行く。そこに“会いたい人”がいるからな」


「ふーん……」


 真白は、ぽつりと呟いた。


「じゃあ、私も“信じたい人”として、ついていってあげる」


 その言い方に、どこか救われた気がした。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 地下鉄の廃路を抜け、光のある方へ歩いていくと、外の音が少しずつ聞こえ始めた。


「おじいちゃん、あれ……!」


 半壊したショッピングモール。だが、その中から人の声が聞こえてきた。


「……まだ、人がいる!」


 急いで駆け寄ると、バリケードの隙間から顔を出した男がこちらに向けて銃を構えてきた。


「止まれ!所属は!?」


「待って、違うの!私たちは、避難してきただけ!」


「――女子供か」


 男は銃を下ろし、中から女性が数人出てきた。

明らかに疲れ切ってはいるが、どこか“秩序”のようなものを感じる表情だった。


「ようこそ。ここは“集落03”――この地区の、数少ない生き残り拠点よ」


「生き残り……!」


 女性は頷く。


「通信網もライフラインも無い。でも、私たちは助け合ってる。小さな畑もあるし、井戸も掘ったわ」


 優香は、涙が出そうになった。


「……人間って、ちゃんと、立ち上がれるんだね」


「当たり前よ。だって、絶望って“諦めた時”にしか完成しないんだから」


 笑う女性の横で、三崎さんが優しく背中を押した。


「ここで、待っとるか?それとも――」


 優香は首を振った。


「信さんに会うまで、私は止まらない。だから……ここからもう一度、進みたい」


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


「よっしゃ。なら、じいさんも付き合うぞ」


 彼は、ひとつの“役目”を感じていた。

この終末で、自分がまだ動けるなら、未来を持つ若者を導くために使いたいと。


「わしは、死ぬにはまだ早いんでな」


○○○○○


ーー???


 画面には、瓦礫の都市のシルエット。

煙の向こう、別々の方向から、それぞれ歩く二つの小さなチーム。

それぞれが、まだ見ぬ“再会”を信じて。


 そして――

電波の途絶えた空に、一筋の通信衛星からのビーコン信号が瞬いた。


 世界が、わずかに動いた。


○○○○○


 ――三崎みさき 洋一よういち


 朝の空は、おかしかった。


「……こりゃ、いよいよヤバいな」


 晴れているのに、空に太陽が二つ見えた。


 いや、正確には――

ひとつは“太陽に見える何か”だった。


 空の高み、まるで恒星のような強烈な光。

だが、熱を感じない。影も伸びない。


「優香……見とるか? あれが、第三の……」


「うん。あれ、ずっと前から……“見えてた気がする”のに、気づかなかった……」


 周囲の人々も空を見上げ、ざわつき始める。

やがて、集落の簡易モニターに緊急映像が映った。


 ――ノイズ混じりの、古びたアナウンス。


『……こちらは地球軌道上観測衛星“ひだまり3号”……すべての通信が不安定ですが……この信号が届いているなら……聞いてください……』


 音声は断続的だったが、次の言葉は明確だった。


『太陽に似た異常天体が地球軌道の外側に停滞しています。

これは自然天体ではなく、人工物である可能性が高い。

強い電磁干渉と重力変動を観測。原因は不明……』


 人工物。重力変動。電磁干渉。


「……まさか、“観られてる”ってことか?」


 三崎は呟いた。


「でも誰に? どうして?」


 優香の疑問に、彼は静かに答えた。


「わからん。だがこれは……**終末の“第三段階”**かもしれん」


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 “第一の終末”は、人間同士の暴走だった。

“第二の終末”は、地球自身の怒りだった。

なら――この“第三”は?


 “地球の外側からの観測”。


 それは侵略ではない。

ただ、“見られている”。


 だが、問題はそれ自体ではなく――**「見られていることに人間がどう反応するか」**だった。


「……ねえ、おじいちゃん。

私たちが“監視”されてるってわかったら、みんな、どうなるのかな」


「誰もが、心の奥底でこう思うじゃろう。“試されている”ってな」


---


 ――二宮しのみや しん


「空が……割れてる?」


 真白の声に、俺は空を見上げた。


 その瞬間、太陽の隣にある“もう一つの光”が――パルスを放った。


「眩っ……!」


 次の瞬間、俺の“耳”に直接、何かが届いた。

音ではない。言語でもない。

だが、確かに理解できる“問い”があった。


《あなたは観測されています。あなたの存在を定義してください》


「……ふざけるな……!」


 俺は思わず叫んだ。


「俺は“人間”だ!定義なんて、させるかよ!」


 真白は、そっと俺の手を握った。


「大丈夫。私も“人間”だよ。信じる限り、何が相手でも、私たちは“存在してる”んだよ」


その言葉に、なぜか涙がこぼれた。


---


 ―終末のカウントダウン


 世界中で同じような“空の異常”が目撃される。

それにより、新たな暴動や“信仰”が生まれ始めていた。


「光の神が来た」

「これは終末の審判だ」

「すべての選択は観察されていたのだ」


 だが――


 信たちは知っている。

これは“終末”ではない。


 世界が、ようやく“再定義”されようとしている瞬間なのだ。


○○○○○


 ――二宮しのみや しん


 灰色の空の下、崩れた東京の街並みを見つめながら、信は深く息を吸い込んだ。

この数か月、誰よりも過酷な道のりを歩いてきた。

仲間を失い、何度も心が折れそうになった。

だが、ここまで来た。


 背後で真白が震える声で言った。


「信くん……怖くない?」


 彼は振り返り、静かに笑った。


「怖いに決まってる。けどな、怖いからこそ、それを乗り越えなきゃいけないんだ」


 その言葉に、真白は小さく頷き、手を強く握り返した。


 空には、もう一つの“太陽”が静かに輝いている。

異質な光に、世界は震えていた。


---


 ――一ノいちのせ 優香ゆうか


 遠く離れた廃ビルの屋上。

優香は三崎さんと共に、燃え残った街の様子を見渡していた。


「この世界は、いままさに変わろうとしている」


 三崎さんが呟いた。


「70年生きてきて、こんな“終わりの始まり”は見たことがない」


「でも、だからこそ……私たちにできることもあるんだよね」


 優香は澄んだ瞳で空を見つめる。

その視線の先に、例の“異常な光”が揺れていた。


「人は、定義されるものじゃない。私たち自身が、“どう生きるか”を選ぶ生き物だって信じたい」


---


 ――三崎みさき 洋一よういち


 足元の瓦礫を踏みしめながら、三崎はゆっくりと口を開いた。


「わしらはな、何度も終わりを経験した。戦争、災害、喪失……」


「でも、なぜかここにいる。

 それはきっと、“人間らしさ”を捨てなかったからだ」


 彼の眼差しは遠く、けれど力強い。


「この世界がどんなに変わろうとも、俺たちは自分の言葉で“生きる理由”を語れる」


---


 ――三人の再会


 信、優香、三崎は、それぞれの足で辿り着いた廃都の広場でついに顔を合わせた。


 互いの疲れた姿に、笑みがこぼれた。


「よくぞ、ここまで」


 三崎さんの言葉に、信は答える。


「俺たちはまだ、生きてる。希望も、あきらめてない」


 優香が続けた。


「この世界は変わる。私たちがどう“定義”するかで」


 三人は手を重ね、固い絆を確認し合った。


---


 ――“定義の対話”――世界の意思との対峙


 突然、空の“太陽”のような存在から声が響いた。

それは冷たく、無感情だった。


『あなた方の存在を定義せよ。

その選択が、この世界の未来を決定する。』


 信は一歩前に出た。


「俺たちは“人間”だ。

 傷つき、助け合い、時に迷い、時に笑う。

 だが、決して諦めず、前に進む生き物だ」


 優香が続ける。


「私たちはただの“データ”じゃない。

 感情、信念、そして希望を持つ存在。

 だから、自分たちの生き方は自分たちが決める」


 三崎は静かに言った。


「わしらの命は、長くも短くもない。

 だが、その全てが積み重なって未来を織り成す。

 この世界は、終わりじゃない。始まりだ」


 その言葉に光は揺れ、やがて薄れていった。


---


 ――終末ではなく、希望の朝


 空が次第に明るくなり、もう一つの太陽は静かに消えた。

風が瓦礫を吹き抜け、草花が小さく芽吹き始めた。


 三人は肩を寄せ合い、静かに涙を流した。


 信が呟く。


「俺たちは自分たちの定義を取り戻したんだ」


 優香が続ける。


「絶望の中にも、希望は必ずある」


 三崎が笑った。


「これが、人間の強さじゃ」


---


 ――エピローグ:残された問い


 数年後、復興が進んだ街並み。

子どもたちの笑い声が響き渡る。


 だが、空の片隅には、かすかにまだ見えない何かがあった。


 それはまるで、遠くから世界を“観測”し続けているような……。


 人類が“自らの定義”を取り戻したことを、静かに見守る何者かの存在。


---


 ――終わりではなく、新たな始まり


「私たちは、これからも生き続ける。

 けれど、この世界の本当の答えは、まだ誰にもわからない――」


 そう、風が囁いた。



---


――完――


2025年7月5日の世界破滅で着想を得て

世界破滅が同時に来たら!?

人はどうなるんだろう!?

それから1日半くらいで書いたものになります笑

拙い文章で、ラノベ執筆に必要な知識全然なくて申し訳ないです!


今回の作品書いてて

作家の方って凄いんだなって思いました!

それと同時に面白いな!とも思いました!

また近いうちに長編とか作ってみようかな?


最後まで読んでくださりありがとうございました!

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