第6話 『ソラ色デイズ』
冗談半分でそんなことを思っていたもののなんと連行されたのは駐輪場よりさらに、というか人気が皆無の校舎裏だった。
ヤンキーが人をボコる場所ランキングで常に上位にランクインする場所なんだがわざと連れてきたのか?
ほどなくして俺の二、三歩先を行っていたこいつは立ち止まり俺の方を振り返った。
「ここなら人もおらんし大丈夫じゃな」
今の発言にちょっとした恐怖を覚えるがとにかく話を続ける。
「なんの用なんだ? あまり時間をかけないでくれよ?」
「それはおぬし次第じゃ」
なんかデジャブだな。
「時間をかけるのも面倒じゃし単刀直入に言う。わしが神の世界に戻れるように協力するのじゃ」
ふむ?
「すまん、一から説明してくれ」
「もうおぬしにはわしが空を司る最高神で神達の会議に出ていた、ということは話したじゃろ?」
そうだ、それでこいつは寝過ごしまくって今になってようやく飛び起きやがったんだったな。
こいつが言ったことを信じればの話だが。
「わしはもともとその会議があった世界、つまりこの世界ができる前の神達が暮らしていた世界にいたわけじゃ。わしは本来そこの者でありその世界にいるべきであるのじゃ。まあ、そんなこと抜きにして普通に神の世界に帰りたいだけなんじゃが」
「じゃあ帰ればいいじゃないか」
「そうできればいいんじゃが……帰り方が分からん」
「こっちに来れたんならその神の世界とやらにも帰れるんじゃないのか?」
「眠っておったせいでな。何がどうなってこの世界に来たのか、どうすれば帰れるのかが全く分からんのじゃ」
例えるなら電車とかで寝過ごして終点まで連れていかれてここどこ? 電車は? どうやって帰れっていうんだ、みたいな状態になっているって感じか。
つまりこいつが言いたいことは……
「帰り方が分からない。でも帰りたい。だからその神の世界に帰るための方法を一緒に探せということか?」
そう言うとパッとこいつの表情が明るくなる。
「そうじゃ! さすがよく分かっておるのう。この世界ではおぬししか頼れる者がおらんのじゃ」
「なるほど、お前の言い分は分かった。しかし申し訳ないが俺はお前の期待に応えられそうにないな」
だがそれも束の間、一気にこいつの表情は一夜漬けでテストに臨みなんとか赤点は免れたと思っていたが、いざテストが返ってくると細かいところで減点され、結局赤点だった時のように暗くなった。
頼りにされるのは悪い気もしないが、俺は全く乗り気ではない。
「な、なぜじゃ? この最高神がわざわざ助けを乞うておると言うのにそれを聞けんのか?」
「その最高神というのが問題なんだよ。そんな疑わしい身分に加えて今日いきなり転校してきてほぼほぼ初対面の奴と一緒に神の世界の帰り方を探す? 悪いがアブナイ宗教の勧誘か何かにしか見えない」
確かにあの夜、こいつは最高神とやらならできるかもしれない不可解な行動をいくつかしていたが俺はまだマジック説を放棄したわけではない。
駐輪場に先回りした件もルール無視の校内全力Bダッシュをして先回りすれば不可能ではないのも事実。
あたかも人ならざる力を持っているかのように振る舞い、それでもって自分で最高神と名乗り謎の活動に勧誘してくる。
こう考えると本当に怪しく思えてくる。
「お前が本当に神だというのなら誰が見てもお前は神だ、間違いないと思えるほどの証拠を見せてほしいね。そうすれば協力とまではいかずとも手伝いくらいならしてやらんこともない」
「証拠とな? ならそうじゃな……おぬしが望むことをわしに命じてみるのじゃ。この世界のルールは知らんがそれから外れているものでもよいぞ。それができたら神だと証明したということでいいじゃろ? さあ何でもいうがよい!」
そうこいつは物怖じせず言うが今、何でもと言ったな?
それは悪手だな。
男に何でもしてもいいと言ったらどうなるか思い知らせてやろう。
「じゃあ……今から俺が言った天気に変えてくれ」
と、思ったが俺はもちろんそんなことはしないし、する勇気もない。
いや、勇気がないんじゃない。
俺はちゃんと節度をわきまえているのだ。
こいつが神であるかしっかりと見極めないといけないのでな。
神に誓って言えるが、決して露出多めのメイドさんコスとか裸エプロンで朝起こしに来てほしい、ついでに味噌汁も作ってくれて学校行くときに行ってきますのキスをお願いしようなんて俺は微塵も思っていない。本当だ。
「お前、確か空の神様なんだよな? だったら天気ぐらい一瞬で変えられるだろ」
そう言うとこいつは少し驚いた顔をした。
「意外じゃな。てっきりおぬしは見た目的に破廉恥な願い事をするとばかり思っておったんじゃが……真面目な答えが返ってきて驚いたのじゃ」
そんなことするわけないだろ、はっはっは……。
というより見た目的にとはなんだ、心外だな。
「まあもしそんなこと言ってきたらわしの力の限りを尽くしておぬしの命を絶ち、その辺にでも埋めて雑草の養分にでもなってもらおうかと思っとったんじゃが……じゃあ気を取り直して天気を言うのじゃ。たちまちにここらの天気を変えてやろう!」
なんだか物騒な発言が聞こえたが聞かなかったことにしておこう。
それよりも自信たっぷりのようだが本当にそんなことができるのか?
できないからって泣いても知らないぞ。
ちなみに今の天気はどんよりとした曇り。
雨は降っていないが少し灰色の雲も混ざっているためこれからどうなるか分からない、といった空模様だ。
ならば……
「曇りだと鬱陶しい気分になるからな。傘がいるかどうかで迷うのも面倒だし。晴れにしてくれ」
俺が願ったのは晴れ。
「お、わしも晴れがいいと思っておったんじゃ。気が合うの」
ま、期待なんて一ミクロもしていないんだけどな。
「よしいくぞ。はあぁ……晴れになれ!」
こいつは空に向かって訴えかけるが、天気は変わるはずもな……あれれ? おかしいなー?
「晴れてきた……」
「当ったり前じゃ! これが神の力、ぱわーおぶごっとじゃ!」
こいつが晴れになれと言ったとたんにみるみるうちに空を覆っていた高層雲が散り散りになっていくとともに橙色へと染まりかけている夕空が俺の頭上に現れた。
「これは偶然かもしれない。次は雨にしてくれ」
「たわけ! そんなわけあるか! ……まあよい。じゃあ見ておるんじゃぞ……雨になれ!」
そういった途端に先ほどよりも濃い鼠色の乱層雲(だったと思う)が立ち込めポツリポツリと雨が降ってくるではないか。
「……雪雨晴れ曇りみぞれ晴れ」
「雪雨晴れ曇りみぞれ晴れ」
するとその通りに数秒間隔で雪、雨、晴れ、曇り、みぞれ、晴れになりやがった。
ある晴れた日には魔法以上のユカイが限りなく降り注ぐことは不可能じゃないかもしれないが、そう思ってはいても実際に見るとどうしても俺の極めて常識的な脳は理解することを拒否してしまう。
「これで信じないなどと言うならおぬし相当なバカタレじゃぞ」
そうは言われても信じることができない。
というより信じたくない。
こんなやつが神なんて。
ここは石のように固いそんな意思で持ちこたえてやる。
「おぬしの上だけ暴風雨」
大粒の雨粒の強襲により早くも絶体絶命に追い込まれる。
しかし雨にも風にも雪にも夏の暑さにも負けない丈夫な体を持ち、一日に白米一合と味噌汁と意識してそこそこの野菜を食べている欲はなく決して怒らずいつも静かに笑っている俺は耐えることができるのである。
甘い、甘いぞ最高神!
「おぬしに雷」
「すいませんでした」
その言葉を聞いた瞬間、俺は抜いてはいけない一本を抜けれてしまったジェンガのように陥落するしかなかった。
あと人に雷落とそうとするな。
水で濡らして絞る前の雑巾みたいな制服の俺に向かってソラはまるで犯人の自白を確認する刑事のようにこう話してきた。
「うむ、分かればいいのじゃ。ではわしに付き合ってくれる、それでいいんじゃな?」
「……はい」
こうして俺は不可抗力的にソラに協力することになったのだった。




