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第43話 『京子事変』

 頭を下げたまま疑問の渦にのまれていると奈良が話しだす。


「はーぁ、やっぱりダメだったか。ソラちゃんと福井君、付き合ってるんだもんね。そりゃあ断られちゃうよね」


「え? あの、今のってどういう?」


「あれ? もしかして気づいてなかった? 私もソラちゃんのこと好きなの」


 ? どゆこと?


「あれはそう、入学式から一週間経った日のことだった」


 理解が追い付かない俺をしり目に奈良は回顧するように話し出す。


「私は高校生活のスタートダッシュをうまくきることができたんだ。新入生代表として挨拶できたし、それのおかげかな。クラスのみんなとお話しできて仲のいい友達もたくさんできた。もちろんみんなが優しく接してくれたからっていうのもあるけどね。だけど何かが足りなかった。最高の友達と環境に恵まれているのに私はなぜか満足することができていなかったの」


 え?


「でも私はこんなに恵まれているんだからこれ以上望むのは欲張りだって思っていたんだけど、そんな私の目の前に一人の女の子が現れた。美しく、気高く、この世のものとは思えない可愛さを持った女の子。その子こそがソラちゃんだった」


 ん?


「その時私は気づいたの! 私に足りなかったものは何かにね。そう、それは恋! 燃え上がるような、刺激的な恋だったの!」


「あ、ああ……」


 あまりの急展開に俺は言葉を返せない。


 奈良はうっとりとした表情で語り続ける。


「ああ、ソラちゃん、あなたはなんて美しいの。まるであなたの名前のように広く、どこまでも自由な空のような瞳。雲よりも白く、何ものにも汚されていない純白の髪。そしてすべてのバランスが黄金比で整っている、どんな美術品にも負けない、いや、それ自体が美術品といっても過言ではないいでたち! 私は一目で恋に落ちた。ひとめぼれだった。けど……」


 それまでハイテンションだった奈良は急に声色を落とした。


「ソラちゃんが転校してきた日の放課後だったかな。それまでは誰かがソラちゃんと話してたから話せなかったんだけど、放課後ソラちゃんが教室を出ていったの。それでチャンスと思って後を追いかけようとしたらソラちゃんがいなかった。私必死に探したよ。だって大好きなソラちゃんと話せるかもしれなかったからね。で、やっとの思いでソラちゃんを駐輪場で見つけた時、私、聞いちゃったんだ」


 奈良は殺気をまといだす。


「『わしに付き合ってくれる、それでいいんじゃな?』って」


 背筋がゾクッとした。


 しかしすぐに奈良は殺気を抑え、本物か作り笑いか分からない笑顔を作る。


「でもいいの。別にソラちゃんと福井君が付き合ってても。だってソラちゃんの幸せは私の幸せだから。好きな人だから当然だよ」


 だが、その後ぼそりと言った。


「まあ、それを聞いた時は福井君には永遠に眠ってもらおうかとも思ったけど……」


 聞こえてるんだが!?


「私の恋は一日も持たずに砕け散った。でもそれでいい、ソラちゃんが幸せならそれで……って自分を納得させようとしてたんだけど、涙が止まらなかった。それで泣いてちゃダメだ、次に進まないとって思って無理やり気持ちを切り替えるために本を読んだんだ」


 ……え。


 まさか、その本って……。


「それが福井君に貸した小説。それ読んで私、気づいちゃったんだ。私もまだあきらめる必要はないんだって! だからソラちゃんに振り向いてもらえるように頑張ることにしたんだ!」


「えっ、じゃあ俺に話しかけてきたのは……」


「将を射んとする者はまず馬を射よっていうでしょ? だからまず福井君を落とそうとしたんだ。ソラちゃんを追いかけるついでに福井君がいたら図書館で話しかけたり、イベントでちょっかいかけたりしてたんだけどね。全然別れようともしないし、むしろ仲良くなってるし」


 つまり奈良は俺とソラを別れさせようとして、俺を落としたうえで振って、フリーになったソラと付き合おうとしていたということか?


 あとソラを追いかけるって普通にストーカーじゃねえか!


「嘘だろ……じゃあこれまでの全部、演技だったってことか?」


「そうだね」


 オーノー! 

 恋する乙女とはこれほどまでに恐ろしいものなのか!


 恋は盲目にもほどがあるだろう。


 俺はあまりのショックに口をポカンと開けたままになる。


 しかも奈良が俺を好きと勘違いして……恥ずっ!


 思えばクラスの人気ナンバーワンが俺みたいな劣等生をどうして好きになるだろうか。


 考えればすぐ分かったのに……穴があるなら入って地下帝国を築いてそこで暮らしたい。


「でも福井君の心は揺るがなかった。だからこれからはちゃんとソラちゃんにアピールしていくことにするよ。今までちょっかいかけて本当にごめんなさい!」


 奈良は深々と頭を下げる。


 これは演技でもなんでもなく本心で謝罪しているように見えた。


 だが顔を上げると挑戦的な表情でこう言ってきた。


「でもこうなったからには私も手加減しないよ! これからは恋のライバル! 今はソラちゃんを預けておくけどいつか私が迎えに行くから! 覚悟しておいてね!」


 奈良は自分の言いたいことをすべて言い終えたのか、「じゃあ、また明日ね!」とすっきりした顔つきで身を翻して屋上から出ていってしまった。


 そして屋上には無様な冴えない男が一人寂しくぽつねんと残される。


 夕日に照らされながら俺はつぶやく。


「青春は苦すぎる……」




 失意と絶望に包まれながら俺は誰もいない教室に戻った。


 奈良から借りた本はとりあえずあいつの机の中に入れておいた。


 別にタイトルが変なわけではないけど、内容がその……思い出すだけで胸が苦しくなるやつだからな。


 そしておぼつかない足取りで駐輪場を目指す。


 朝はあんなに軽かった体が嘘のように重い。


 結果としてはイタズラでもなんでもなく奈良本人からの呼び出しだったわけだが、その内容が本当にイタズラのようなものだった。


 はあ……思い出してもいいことがない。


 今日は帰ってさっさと寝て全部忘れよう、と思って自転車に跨ると携帯が震え出した。


 今はそんな気分じゃねえ! と思って発信者名も見ずに切ったが、またブルブルとバイブレーションを始めたので電話に出た。


「もしもし」


『やっと出たか。なんで切るんだよ』


 この声はスサノオか。


「いいだろ別に。俺は今それどころじゃないんだ」


『何すねてんだ? それよりもお前、もしまだ学校ならその足で俺のアパートまで来い。家なら出てこい』


「嫌だと言ったら?」


『嫌でも来い。じゃないとクソ姉貴がここから出ていかないからな。さっさと来いよ』


 そこでスサノオは電話を一方的に切った。


 別にあいつの言うことを聞く必要なんて微塵もないのだが、ソラもいるということだから何かあったのかもしれない。


「はあ……」


 俺はため息をついて朝と同じようにのろのろとペダルをこぎ始めた。




 スサノオのアパートに着くと空き地にソラが仁王立ちしていた。

 ちなみにスサノオも腕を組んで待っていた。


「まったく、どこで油売っとったんじゃ!」


「まあ、色々あってんだよ。色々とな……ははっ……」


「なんじゃおぬし? 体調でも悪いんかえ?」


「まあ……そんなところだ」


「ふーん。まあどうでもいいが」


 俺にとってはどうでもよくないんですが?


「ところで気になってたんだが、そいつはなんだ?」


 俺が指さした先の地面には体長60cmくらいの中々にデカいトカゲのような生物がいた。

 

「ああ。お前を呼んだのは他でもない。こいつをお前の家で飼ってくれ」


「どういうことだ。意味が分からん」


「こやつはヤマタノオロチじゃ」


 ソラがそう言うと、そのトカゲは「ヤマヤマー」と上機嫌に鳴いた。


「ヤマタノオロチ? こいつが? 封印したんじゃないのかよ」


「封印しようと思ったんだけどな、もう何年も封印の呪文唱えてなかったから呪文忘れて封印できなかった」


「はあ?」


「でも安心しろ。こいつ、暴走したあげく、俺たちがボコったせいで力を使い果たしたみたいで今はこんな姿になるのが精一杯らしい」


 スサノオがそう言うとオロチは残念そうに「ヤマヤマァ~……」と鳴く。


「だが力がないとはいえもとは怪物だ。俺たちの目の届く範囲で監視する必要がある。だから福井武夫、お前の家で飼ってくれ」


「そこでなんで俺んちってことになるんだよ。お前んちは?」


「俺のアパート、ペット禁止」


「じゃあソラの神社は?」


「わしの神社で飼うと神の神聖な力のせいでこやつは消滅してしまう。確かにこやつは元は怪物じゃが、意外にもわしらに忠誠心を誓っておるようでの。このまま消滅させるには忍びないと感じたんじゃ。何かあったら役に立つかもしれんし」


 その倒した敵が仲間になりたそうにこちらを見ているみたいなノリはなんだよ。


「萌えの神や筋肉の神、そのほかの神もわしと同じ理由でこやつを飼うことはできん。だからおぬしの家で飼ってくれんかの」


「頼む! 今度ユニ子ちゃんのライブ誘うから、な?」


「でも、こんなデカいトカゲ飼えるわけ……」


 そう言いながらオロチを見ると昨夜のことが嘘のような純粋な目で「ヤマヤマ~」と鳴いてくる。


 しかしこんな得体のしれない生物を飼うことを家族は許してくれるだろうか。


 特に妹なんかは絶対に嫌がりそうだが。


 そう思い悩んでいるとソラが辛辣な提案をした。


「おぬしが飼えないなら業者にでも売るかの」


「ヤマ!?」


「それしかねえな。じゃあな、ヤマタノオロチ。どっかで元気でな。二度と帰ってくるなよ」


「ヤマヤマヤマ! ヤマヤマ!」


 なんかオロチがすごい俺に向かって訴えかけてくるんだが。


「……あー、もう。分かった。お前らにはこいつを倒してもらった恩もあるしな。しばらくなら面倒見てやってもいい」


「おお、それはよかったのう。せっかく面倒見てもらうんじゃ、おとなしく主の言うことを聞くんじゃぞ?」


「俺たちはお前のこと見てるからな」


「ヤ、ヤマ……」


 オロチ、めちゃくちゃビビってんじゃん。


 そうして俺はなし崩し的にオロチの世話を引き受ける羽目になってしまったのだった。


 本当にいいことないな、今日!

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