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第36話 『有我夢中』

「福井さん、とりあえずソラテラスさんの神社まで向かいましょう! ソラテラスさんに近いほど夢の中に入りやすくなりますから!」


 俺は自転車に跨るように誘導され、萌えの神様は自転車の後ろに座る。


 萌えの神様はスサノオと筋肉の神様に向かって呼びかけた。


「それでは私たちは行きます、お二人とも気を付けて!」


「ありがとうユニ子ちゃん。俺、絶対あいつを止めてくるからね。これが終わったらそうだな、みんなでパーティーでもしようぜ。だからユニ子ちゃん! 福井武夫! 頼んだぞ!」


「が、がんばります! ぼ、僕たちなら大丈夫です! きっと全員無事にこうしてまた会えるはずです! 皆さんのご武運を祈ります。では、また!」


「み、みなさん……そうですね。大丈夫ですよね……私たち四人なら、いやソラテラスさんも入れて五人なら必ずこの最悪の運命を変えられると信じています! だから……絶対にまた会いましょうね!」


 各々が決意を表明し、再開を誓い合っているところ本当に申し訳ないのだが、そんないかにも死亡フラグを立てるような発言はやめたほうがいいと思う。


 ドラマとか映画だとそういうセリフの後決まって誰か死ぬじゃん。


 しかしここでそんなことを思っているのは俺だけらしいから黙っておく。


「ぐすん……では福井さん。行きましょう。ソラテラスさんのもとへ。そして世界を悪夢から救うために!」


 涙ぐみながら萌えの神様はいつの間にそんなにスケールが大きくなったんだ、というようなことを口にして俺の体に手を回す。


 こんな状況でなければ自転車の後ろに可愛い女子を乗せて放課後ゆっくりと家に帰る、みたいな世の男子高校生が一度は夢に見ることができたんだが今はとてもそんなロマンチックな雰囲気になりそうもない。


「じゃあ萌えの神様、飛ばすんでしっかり捕まっていてください!」


 俺はもはや疲れすぎて悲鳴すら上げなくなった足に力を込めて自転車を漕ぎ始めた。


 ここからソラの神社に着くまであの二人がなんとか持ちこたえてくれることを信じよう。

 



 萌えの神様を振り落とさないように慎重かつ全速力でソラの神社までやって来た。


 正直言うとこの神社は裏山のそばにあるから自分からオロチに向かうわけで来たくはなかったが、そんなこと言える空気でもなかった。


 まだこの辺りには火の手は来ていないようだがそれも時間の問題だろう。


 戦況はどうなっているのかとオロチの方を見るとスサノオがステッキ一本で戦っており、オロチも動きを止めているからあの二人が善戦していることが分かる。


「福井さん、こちらへ」


 萌えの神様が先行する形であの岩の前に到着した。


「それで俺はどうしたらいいんですか?」


「はい。福井さんにはここでもう一度眠っていただきます。眠って目が覚めればそこはソラテラスさんの夢の中のはずです」


「寝るだけでいいんですか?」


「はい。眠っていただければ結構です」


 眠ればそのままあいつの夢の中だということだから俺は覚悟を決める。


 もちろん夢でソラになんと話せばいいのかもそうだが、どんな夢を見ているかも分からないからな。


 もしソラが主催しているという設定の、負けたら死のみのデスゲームの世界なんかに放り込まれたらどうやって生き残ってソラに会えばいいのか。


「では福井さん、おやすみなさい。私はオロチさんの様子を見ておきますので。でもなるべく早くしていただけると助かります」


 そう言って萌えの神様は俺に背を向けオロチの様子を注視しているが、ちょっと待った。


「えっと、萌えの神様? さすがに俺でもこんな地べたの上かつあんな化け物がワーワー叫んでる中で寝てくださいと言われましても厳しいんですが……。萌えの神様が眠らせてくれるものとばかり思い込んでいました」


 萌えの神様は目をしばたたかせて、


「あっ……確かにそうですね、すみません! 私も焦っていて気が回りませんでした。ではそうさせてもらいますね」


 と優しく言った。


 どのようにして眠らせてくれるのだろうか。


 例えば周りの音を完全シャットダウンする結界みたいなものを張ってその中で膝枕プラス子守歌で俺の睡魔を呼び起こすという感じだろうか。


 そんな天国みたいな状況ならむしろ眠れなくなってしまうかもしれないな。


「それでは失礼しますね……とりゃあ!!!」


「あぶっ!!!!!」


 突如としてみぞおちにすさまじい衝撃が伝わり、俺はこれまで出したこともないような変な声を出しながら俺は真後ろへと吹っ飛ばされ、例の神社の岩にぶつかり気を失いかけた。


 えっ……何が起きた?


「あああ! す、すみません! ちょうど気を失うくらいの力加減にしようと思ったんですが、間違えて結構強めにやっちゃいました! ど、どうしよう……福井さん! 大丈夫ですか福井さん!? ふく……さ……」


 つまり俺は萌えの神様にシンプルに殴られて岩にぶつかったってことね、納得だ。


 というか、これ眠らされたというより気絶させられたんじゃないか?


 萌えの神様、次やるときはもっと優しくお願いします……。


 そうして俺は萌えの神様の呼び声に応えることができずに気を失っていったのであった。




 様々な料理の香りが混ざり合って微妙に食欲をそそらない香りがする。


 それぞれのポテンシャルは高いはずなのに混ぜ合わせて互いのよさを打ち消し合うからこんな香りになるんだ。


 ここから離れた場所で深呼吸でもしたいな……ん?


 俺、こんな場所にいたか?


 確かソラの神社の岩の前にいたと思うんだが……と思っているとドンと何かが俺にぶつかる。


「あ、すみません」


「いえ……」


 そこでようやく俺の意識ははっきりした。


「……なんでうまいもの祭りの会場にいるんだ?」


 俺の目に飛び込んできたのはどういうわけか、連休の初日にソラと行ったうまいもの祭りが行われていたイベント会場であった。


 会場はあの時と同じように人でごった返しており、通路のど真ん中で止まっている俺の横を人々が無関心に通り過ぎていく。


 確か萌えの神様に気絶させられてソラの夢の中に入ったはずなんだが、


「ここがソラの夢の中なのか?」


 一旦状況を把握することにする。


 場所はイベント会場の入り口、天気は晴れ。

 じわじわと春の日差しが俺を照り付け、生ぬるい風が頬を撫でる。


 においも感じるし、五感も現実と変わらない。


 目線を下げると自分の服装が目に入る。

 連休初日、ソラとここに来たときと全く同じ服装。


 ということは、と思いポケットに手を突っ込むと予想通り買ってもらったばかりのスマホが入っていた。


 スマホ起動。

 時刻、三時前。


 つまり……


「ソラがジュース買いに行って俺が奈良と話してた時か」


 それで奈良と話しているところを見られてソラが帰ってしまったんだったな。


 現実の通りにことが運ぶのなら、ソラはもうすぐ席を立つはずだ。


 そのタイミングで事情を話して起きてもらえばいいということだろうか。


 しかしここまでは現実で起こったことを前提に話を進めてきたが、果たして現実に起こった通りになるのかすら分からない。


 夢の中のソラは現実と違った行動をとるかもしれない。


 というかそもそもなんであいつはこんな夢を見ているんだ?


「あーもう……」


 あらゆる可能性が考えられるし、そもそも手がかりが足りない。


「とりあえず動くか」


 考えていても仕方がないため、ひとまず俺はイベント会場中央の広場に向かって歩き出すことにした。

 



「すみません、すみません」


 そう言って人ごみを次々とかき分けながら広場を目指す。


 この世界でもソラがジュースを買いに行くとしたらジュースの屋台で待ち構えていればいいのだろうが、残念なことに俺は屋台の場所を知らないので広場を目指すしかない。


 入り口付近にある屋台を通り過ぎながらソラと陣取っていたあのテーブルを目指して進む。


 その後人ごみに飲まれてから何分たっただろうか、俺は広場の飲食スペースの近くまで来ることに成功した。


 なんとなくの記憶を頼りに大量に並べられたテーブルの間を他の空席がないか探している客と同じように通り抜けていく。


「この辺りだった気がするんだが気のせいか?」


 俺はふとテーブルに向けていた視線を上げ周囲の様子をうかがった。


 その時であった。


 俺は群衆に紛れて遠ざかっていくあいつの背中を見逃さなかった。


「ソラ!」


 気づけば俺は名前を呼んでしまっていた。


「待ってくれ!」


 だがソラは俺に気づく素振りもなく進んでいく。


「通してください! すみません!」


 俺は追いかけようとするが人ごみに阻まれてソラとの距離は開く一方である。


 俺は懸命にあいつの姿を目で追ってなんとか追い付こうと試みた。


 そしてついにソラに手を伸ばしかけたその瞬間である。


「ソラ、待てって、うお!」


 もう右手が届く、という距離まで来たにも関わらず、誰かに左手を掴まれて後ろへ引っ張られた俺はなす術もなく後退しソラを捕まえることができなかった。


 その後も左手がもげるんじゃないかというほど強い力で何者かが俺の手を強引に引っ張り続け、俺はみるみるソラと真反対の方向へと連れていかれてしまう。


「誰だよあんた! 痛いからやめろ!」


 そいつの後ろ姿を捉える。


 身長は俺とほぼ、というより全く同じくらい。

 服装は微妙に違うが俺がよく着る系統の服だ。


「うるさい。いいから黙ってついて来い」


 聞こえてきたのは俺の声が少しだけ低くなったような声。


「え……お前まさか……」


「つべこべ言わずに早く来い」


 俺は驚きを隠すことができず、困惑したままなすすべもなく会場裏の人目のつかない場所まで連行された。


 目の前のやつは俺を一瞥してかなりおかしなことを言いやがった。

 しかしこの事象を説明するにはそう言うしかないのだろ。


「今から言う俺の質問に答えろ。俺」


 今、俺の目の前にいるのは俺であった。

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