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第29話 『メイドさんに頭を撫でられました』

 なんということか、スサノオたちも神の世界を探していたことが判明した。


「おぬしらもじゃと? それにあるかどうか分からないとはどういうことじゃ」


 スサノオの言葉にさすがのソラも驚きを隠せないかったようで、大きな目を見開いている。


 ソラはそのまま食い入るように先ほどまであれだけいがみ合っていたスサノオに尋ねる。


「昔はあった。お前もあの岩に引きこもる前はそこにいたんだから覚えているだろうし、俺も萌えの神も当時はそこで暮らしていたからお前が引きこもった後も神の世界があったことは覚えている。他の俺たちに協力してくれている神達もそうだ。昔あったことは覚えていると言っている」


 なんか含みを持たせた言い方だな。


「しかしその昔というのがいったいどれほど前でいつまでなのかというのを誰一人として覚えていない。俺も例外ではない」


「どういうことじゃ。なぜ覚えておらんのじゃ」


「それが分からない。最高神である俺すらも、なぜかその神の世界がいつ消えてしまったのかという部分についてはあいまいで全く思い出すことができない。ある時、気が付いたらすでに神の世界はなくなっていてこの世には生命が誕生していて人間どもの世になっていたというわけだ」


 気が付いたらなくなっていた? 覚えていない? なんともおかしな話だな。


「それはこの世界ができたからなんじゃないのか? 詳しくは知らんが、神の会議とかで今のこの世界を創るための会議が開かれていたんだろ。だったらこの世界が作られた時点で神の世界はお役御免になってなくなったんじゃないのか?」


「それはない。俺たちは元々神の世界の住人で本来はそこにいるはずの存在だからな、こちらの世界の住人とは存在が違うわけだ。この世界には存在の分類ごとにそれぞれの世界があるようになっているから神の世界だけが消える、なんてことはありえないはずだ。存在と世界は一心同体。もし神の世界が消えているんだったら俺たちも消えているはずだからな」


「はあ……なんとなく分かるような、分からないような」


 結局、自分の存在があるのだから神の世界もある、と言うことだろうか。


 十分に理解できたとは言えないがここまで話を聞いて、別に俺はたかが十五年ほどしか生きていないので偉そうなことは言えないのだが、幾人の神達、さらにスサノオでさえ神の世界についての記憶がはっきりしないなんていうことがあるのだろうか、とふと疑問に思う。


 そこに何らかの力、もしくは何者かの思惑が働いていると思わざるを得ない。


「俺たちはなんとしてもその手がかりが欲しくてな、今日お前たちをここに呼んだっていうわけだ。あの特殊な岩の中で眠っていたお前ならそのことを覚えている可能性、覚えていなくても何か違和感を感じてかもしれないと期待していたんだが、お前もこのことを調べていると来た。残念ながらそううまくはいかないらしい」


 さっきのアパートに入る前のあの発言はそういう意味だったのか。


 しかしそうなってはどうしようもないではないか。


 スサノオたちの仲間が何人いるかは知らないが、幾人もの神達が探しても見つからなかったものが最高神一人とただの凡人一人が探して見つかるわけがない。


 完全に手詰まりじゃないか。


「だからお前が求めているものは生憎こちらも持ち合わせてはいないということだ」


「なるほどのう。おぬしらも帰れんとは……。ではこれからどうするかの……」


 神達も知らないとなると第二の作戦も不発ということになるため方針転換を迫られるソラであるが、萌えの神様からある提案が。


「これからのことについてなんですが、神の世界への帰り方を探すことは私たちに一任させてもらえませんか? 私たちとソラテラスさんたちの目的は一致しています。悪く聞こえてしまうかもしれませんが、お二人だけで探されるよりも私たちの方が人数も多いですし、効率的に情報を集めることができると思うんです。あと、その……」


 言葉を選ぶように口ごもる萌えの神様だが代弁するようにスサノオが言う。


「ぶっちゃけお前ら邪魔だからな。あとこの前の週末にめちゃくちゃやってくれたから信頼していない」


 確かにそのとおりであるがよく物怖じせずに言うな。


 というかそんな火に油を注ぎこむような言い方すると……


「なんじゃと? わしは何でもできる最高神なんじゃぞ! わしがいなくてどうするんじゃ! おぬしらの方がよほど信頼できん」


 ほら、言わんこっちゃない。まあ、言ってはないんだが。


「そのなんでもできる最高神がなんで地道に神社回って挙句の果てにユニ子ちゃんと筋肉の神拘束してるんだよ! 役立たずにもほどがあるわ!」


「んじゃとおぬし! 頭に来たぞ、ちょっと面貸すのじゃ!」


「望むところだ。次こそぶっ潰す」


 そのままソラとスサノオは俺と萌えの神様が見えていないかのようにそのまま玄関を通り外へと出て行ってしまった。


「大丈夫ですかね? もし乱暴なことになったら……」


「大丈夫だと思いますよ。ただのじゃれ合いです。それほど心配する必要はないかと」


 そうは言ってもやはり心配なのだろう、萌えの神様は不安げな目で玄関のドアを見つめていた。


 ここは少し話を振って心配を紛らわせよう、と思ったがそれ以前に彼女に言わなければならないことがある。


「ユニ……萌えの神様、この前の土曜日は本当にすみませんでした。神の世界を探すためだとはいえ、家に押し入ってしかも拘束までしてしまって。筋肉の神様もです。なんとお詫びしたらいいか……」


 俺が正座し深く頭を下げると萌えの神様は慌てたように言った。


「いえいえ! どうか顔を上げてください。そういうことだったなら私は大丈夫ですし、筋肉の神様も優しいですからきっと許してくれますよ。怒ってませんからそんなに謝らないでください」


「そういうわけにもいきません。罰ならいくらでも受けますしお詫びもいくらでもします。そうしないと俺の気が済まなくて……」


 その時、改めて謝罪の言葉を伝えようとした俺に対し萌えの神様はこちらまでやってきて聖母のように優しく頭をなでてくれる。


「本当に大丈夫ですから気にしないでください。それにちゃんとごめんなさいできたんです。それだけで十分立派です、えらいえらい」


 子どもがきちんと謝ることができた後の母親のような笑顔を見せて俺たちを許してくれた。


「でもそうですね、そういうことなら一つだけお願いしてもいいですか?」


 俺は首を縦に振る。


「ソラテラスさんは納得しておられないような様子だったので、ソラテラスさんと仲のいい福井さんから説得していただいてもいいですか? 難しい頼みかもしれませんが……」


「もちろんです! 萌えの神様に誓ってそうさせていただきます」


 俺がそう言うと萌えの神様はにこっとはにかんで「ありがとう」と言ってくれた。


 ありがとうはこちらのセリフですよ。


「じゃあ、二人の様子でも見に行きますか。やっぱり心配です」


「はい。そうしましょう」


 いやー、こんな俺を許してくれてしかも二人のことまで心配しているなんて。


 この人、いやこの神様、萌えだけではなく、優しさと慈しみも司っているのではないだろうか?


 アイドルうんぬんを抜きにして普通にファンになってしまいそうだ。

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