第2話 『つまるところ、中二病』
「はぐはぐ……ん~、うまい! はふはふ、こっちもうまいのう!」
あの後、俺は目の前でうまそうに肉まんとピザまんを頬張っている女から食料を買いに行く、という名目のもと束縛から逃れることに成功した。
正直に言って解放された時点でそのまま逃げればよかったんだが、ついさっき神様に人を助けるとかなんとか言ってしまったし、もし俺が見捨てたせいでこの女が餓死し後に白骨化して見つかり警察沙汰になっても嫌だったからな。
自転車で十分ほどの最寄りのコンビニで肉まんやピザまん、コロッケやお茶なんかを買って律儀に戻ってきて現在に至る、というわけである。
さっきの回想をしている間にも、
「もぐもぐ、ん~! ぱくぱく……んん~~!!!」
目の前の女は次々と買ってきたものを口に運び続ける。
よほど腹が減っていたんだろう、両手に持った肉まんやピザまんを一口食べるたびに満面の笑みでその美味しさを表現している。
さっきは顔が全く見えずただただ不気味な幽霊女でしかなかったが、改めて明かりを照らして顔を見るとかなり顔だちが整っていることが分かる。
空のように鮮やかな蒼い瞳を長く綺麗なまつ毛が縁取っており、鼻筋がスッと伸びている。
今は多少土で汚れてしまっているがそれでも隠し切れないほどの美しい艶のある白く長い髪。
空腹が落ち着いてきたのか薄ピンク色を取り戻してきた唇が目を引き、極めつけはスマホのライトでさえ神々しく輝くつやのあるみずみずしい肌だ。
こんな外見の持ち主はアニメかゲームでしか見たことがないが現実にもこんな人間(?)がいるんだなすげー、と感心しながらこの子を観察していると、俺の有り金をはたいて買ってきたものを全て食べ終え、締めにお茶を一口飲んでプハーっと息を吐き、
「うまかった! 感謝するぞ。おぬしいいやつじゃな!」
俺に向けてアイドルが握手会でファンに向けるくらい眩しい笑顔を見せてくれた。
「そんなにうまかったか? 適当に買ってきたものだったけど口に合って良かった」
「口に合うほどの話ではない! こんなにうまいものがこの世にあろうとは、生まれて初めてこんなうまいもの食べたのじゃ!」
それはいくら何でも言いすぎではないだろうかと思うし、「じゃ」っていつの時代の人だよ。
「それで落ち着いたところで色々聞いておきたいんだが、えーと、まずは君のことなんて呼べばいいか分からないから名前とか聞いてもいいか? 嫌なら別に本名じゃなくても構わない」
「わしは自分の名前に誇りを持っているからのう。そんなことはせん。というよりおぬしわしのこと知らんのか? 常識知らずも甚だしい」
なぜいきなりのディス?
初対面の女子の名前なんて普通知らないだろ。
「しかしそういうことなら仕方ない。わしの名前を忘れないように深く深く胸に刻み未来永劫忘れないようにするのじゃぞ!」
その子は自信みなぎる声で胸を張ってこう言った。
「わしの名前はソラテラス! この国に伝わる八百万の神々の頂点に立つ、空を司る最高神じゃ!」
「…………」
静寂の時が訪れる。
あー、これはあれか? この子はコスプレイヤーとかでその、ソラテラス? とかいう俺の知らないキャラがゲームか何かにいて、その役になり切っているって認識でいいのか?
それともただの中二病ということだろうか。
ここで突っ込んでもしょうがないのでその疑問を飲み込み、話を先に進めることにする。
「えっと……ソラテラスさんは神様ということでいいのか? 幽霊ではなく?」
「幽霊? どこからどう見ても神じゃろ。おぬしの目は節穴か?」
どこからどう見ても自分は特別な存在であると誤解している中二病の女子にしか見えないんだが、とりあえずこいつは幽霊ではないらしい。
うん。確かめようもないのでそう言うことにしておこう。
「なるほど。じゃあソラテラスさんはなんでこんな時間にここにいるんだ? 用もないのにこんなとこいるわけないよな」
「ああ、それはの――」
そういってソラテラス(仮)は事の顛末について話し出した。
その話をまとめるとこうだ。
それはそれはもう大昔。
まだ何も存在していない無の世界。
この辺に(適当だがこの子が言うからそのまま使わせてもらう)数多の神々が集結し世界創造のための重大な会議が開かれていたらしい。
そこにはもちろん最高神の一人であるソラテラスも出席していた。
しかし時間にルーズな神が多いのか、なかなか全員集合しない。
そこで暇を持て余したソラテラスは全員集合するまでの少しの間仮眠を取ることにした。
会議場の近くにいい場所はないかと探しているとその昔ある別の最高神が籠っていたという洞窟を発見して中を覗くと静かで適度に暗く、眠るのにこれ以上ない空間だった。
そして入り口を岩で塞いで深い眠りに落ち、ちょうどさっき起きたときには神の会議なんかとっくのまに終わっていて現代になっていた、ということらしい。
「――ということじゃ。分かったかの?」
「まあほどほどには分かったような分かってないような?」
「分かれ! 命令じゃ!」
初対面の人に向かって命令するとはこいつ無茶苦茶だな。
だがここで喧嘩腰になるのは得策ではないだろうから俺は下手に出ることにした。
「でもソラテラス様は僕なんかが足元にも及ばないすごい神様だということは分かりました。そんな神様ならお祈りしておきたいですね。お祈りさせていただいてもいいですか?」
「もちろんじゃ! わしはすごい神様じゃからな、祈れば祈っただけおぬしに加護を与えてやろう。あと、そうじゃな。もっとさっきのようなうまい食いものを貢いでくれたならさらなる加護を与えてやっても構わん」
「それは機会があればまたぜひ」
「いや機会があればとかではなく今すぐにでも――」
「機会があればぜひ!」
残念そうな表情を見せる彼女(というかそれ以上の食い物は自分で買ってくれ。普通に金がない)に向かって手を合わせて拝む素振りを見せた俺だったが、もちろん彼女の言ったことは全く信じていない。
こいつが自分の昔話を話している間、ネットで彼女の話に関する情報を探してみたんだが、そんな話一つも見つからなかった。
ゲームとかのあらすじだったらネットにもあるかと思ったんだが、どうやらそんなゲームなどもないようだ。
まあ、ソラテラスという神様に関しては本当にいるらしく実際にこの神社に祭られているらしいのだが、そのソラテラスという神は最高神でも空を司っているわけでもなく眠りの神様、またの名を爆睡神として知られており、不眠症の人にとってはありがたい神なのだそうだ。
つまりこいつは自分の中で勝手にストーリーを構築し、そのソラテラスとかいう神になりきっている、ということが分かる。
つまるところ、いわゆる中二病というやつだろう。
ならば話は早い。
お祈りを終えた俺は神社を出るべくくるっと振り返る。
「さてと、じゃあさっさと帰った方がいいぞ。夜も遅いし」
「ん? 帰るってどこにじゃ」
「家に決まってるだろ」
「そんなもんはない。さっき起きたばっかじゃからな。強いて言えばここが家かの」
俺が態度を露骨に変えてお前のことなんか微塵も信じていないアピールをしているにもかかわらずキャラ徹底し続ける。
まだいけるとでも思っているのだろうか。
別に個人の趣味嗜好だからとやかくは言わないが、いくら家がない設定のキャラだとしても俺と同年代の女子がこの時間まで家に帰らないのは色々とまずいだろう。
「俺が言うのもなんだけどこんな時間に一人でブラブラ出歩いてるのは感心されることではないだろ。親御さんも心配するだろうし、もし学校に連絡されたりでもしてみろ。後々問題になるかもしれん」
「わしに親なんかはおらん。あとガッコウ、とはなんじゃ?」
親がいなくて学校を知らない? 本気で言ってんのか?
冗談ならやめた方がいいしもう付き合い切れない。
俺は彼女に背を向けて歩き出す。
「どうした? 帰るのか?」
「いつまでも付き合ってられるほど俺も暇ではないからな。じゃあな。早く帰れよ」
一応釘を刺しておいたし、俺もさっさと宿題を取って帰ろう。
明日も行きたくはないが学校があるしな。
あ、そういえば岩をどうやって吹っ飛ばしたか聞くの忘れてたな。
まあでも、あの華奢な腕で何百キロのものを持ち上げられるとも思えないし、どうせ火薬で岩に似せた発泡スチロールかなんかを吹っ飛ばしたみたいなことだろう。
砂ぼこりと音はその火薬のせいってことで。
そう結論づけたんだが、三十秒もしないうちに俺はそんな結論なんてどうでもよくなってしまうほどの光景を目の当たりにした。
「待て。誰が帰っていいと言ったのじゃ? 話はまだ終わっとらんぞ」
階段を降り自転車に乗ろうとした俺だったが自転車に跨る先客がいた。
「……は? なんでそこに?」
「瞬間移動した」
「なわけあるか」
そう言ったものの、こいつはさっきまで確実に俺の後方数メートルの位置にいたし、神社を出るには階段を下りていくしかないからこんなところにこいつがいるには本当に瞬間移動しかないように思える。
どういうことだ? マジックの類か? 全く仕掛けが分からん。
「それよりもおぬし、人に散々話させておいて自分は何も喋らん気か?」
「いや、さっき肉まん奢ったからそれでトントンだろ」
「それはそれ。これはこれ」
便利な言葉だな、おい。
「とにかく戻れ。さもなくばこの乗り物を破壊する」
そう言ってその子は華奢な腕とは裏腹にまるで子犬を持ち上げるかのようにひょいっと俺の自転車を軽々持ち上げ投げるふりをする。
「……分かった。戻るからそれを降ろしてくれ」




