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第27話 『ぎゃふんぬ』

「ほれほれ~。かかってこんか、べろべろばあ」


「はぁ、これだから学のないやつは。低レベルなガキみたいな挑発ばっかりしてそれで俺のような尊い神が怒るとでも? 笑止千万だな」


「違うんだ……そんな……待ってくれ……」


 妙にクオリティが高いモノマネを披露するソラに対しスサノオは沈黙を貫こうとするが、


「一回でいいから最後にお前のパンツをクンクンさせてくれぇぇ!!!」


「言ってねえだろそんなこと! 殺す!!!」 


 ソラの安易な挑発に乗ってしまいスサノオは詰め寄ろうとしたので両者に挟まれている俺がそれを制止する。


「それはルール違反じゃぞ。ルールはきちんと守ろうな?」


 あえて優しい口調で諭すようにソラはスサノオに向かってそう言うとスサノオはさらに怒りを露わにしてそっぽを向き、ソラは勝ち誇ったかのような顔をする。


 さっきからこれの繰り返しだ。


 なぜこうなったのかお教えしよう。


 あの後ソラにはスサノオに対して何もするな、と強く釘を刺しスサノオの待つ駐輪場へ向かったのだが、このバイオレンスゴッド、スサノオを見つけるや否やドロップキックを繰り出そうとしやがった。


 それはかろうじて俺が身を挺して防いだものの、そのことでキレたスサノオがソラに罵声を浴びせるとソラも応戦。


 なんとか俺が間に入って両者の怒号を両耳で受け止めながら仲裁したはいいものまたこんなことになったら俺の身が持たなくなる。


 というわけで両者に暴力は止めるように再度強く強く言いつけておいたからしょうがなしに今こうやって相手を挑発し合っているということだ。


 さっきこいつらが言い争っているときに「仲いいんだな」と言うとアニメに出てきそうなお互い本当は好きだけど高校生になり恥ずかしくなって嫌いあっているかのように振る舞う幼馴染みたいな見事なハモり具合で、


 「「よくない!」」


 と返してきたから、こいつらはおそらく本当は仲悪くはないんだろうが意地張って取り返しのつかないことになってしまっているのだろう。


 まあ、本当に憎み合っているわけではないし仲直りできる可能性があるというのは救いだな。


 お互いもっと素直になれよ。


 このまま永遠に挑発し合っているのかと思いきや波があるのか、今度は二人とも黙りこんでしまったせいで沈黙が続き、気まずい空気が流れる。


 静観していればよかったのだが、何か話した方がいいか? と沈黙に耐え切れなくなった俺はスサノオに話しかけてしまった。


「そういえば校庭の穴、消えてたな。お前が直してくれたのか?」


「ああ、あれか? あれは直したというより結界の中のことだったから結界閉じれば元に戻るんだよ。結界っていうのは言ってみればこの世界と隔離された別次元の世界みたいなものだからな」


「へえ……よく分からないがそれはすごい能力をお持ちで」


「ふん、あの程度ですごいじゃと? わしならあれよりさらに数倍広くて強固な結界を張れるぞ。昨日の誰かさんのように侵入を許し、人を殺められないということは万に一つもないじゃろうな。文字通り完全犯罪じゃ。誰かさんと違っての!」


 チャンスだと思ったのか若干恐怖を覚えるようなことを明らかにスサノオを皮肉るようにソラは言ったのだが、スサノオはまっすぐ前だけを見てソラを完全無視。


 その様子を見てソラは今のが不発だと判断したのか、小さく舌打ちをしてスサノオから目線を外した。


 互いが互いを貶めようとしている一触即発の場面ではもはやどんな話題でも火種になるか分かったものではないので何もしないことが最善手だと改めて心の底から実感し、スサノオの言う目的地に着くまでおとなしくついていき何も余計なことは言うまいと心に決めたその時「そういえば」とスサノオが唐突に切り出した。


「お前らの事情っていうのはなんだ? 本格的な話し合いに入る前に確認しておきたい」


「ふん、誰がおぬしなんかに話すか」


「俺はこいつに向かって話したんだ。お前は黙ってろ」


「は?」


「あ?」


 再び口論の口火が切られそうになったので全力で待ったをかける。


「ストップストップ。一旦落ち着け、深呼吸しろ。深呼吸だ」


 これはソラとスサノオに言ったつもりだったが自分にも言い聞かせるように俺は一度大きく深呼吸をしてソラに向き合う。


「ソラ、これは俺がスサノオに持ち掛けた話だ。それにこれは例の件に近づくためのまたとないチャンスかもしれん。お前とこいつは何と言うか、馬が合わんのかもしれないがスサノオだって神だ。知っている可能性はあるしむしろその確率の方が高い。手がかりを得るためにも話すべきだと思うがどうだ?」


 珍しく真面目な雰囲気で話す俺を見て真剣さを感じ取ったのかどうかは知る由もないが、「むう」と言って少し不満げな表情は見せたが「おぬしの好きにしろ」と言ってくれた。


「主の許可も得られたことだし説明してもらおうか」


「俺たちは主従関係ではないんだが……分かった」


 俺は事情を話し始めた。


「俺たちは神の世界に帰る方法を探している。ちょうど先週の今日にソラが起きたわけなんだが、神の世界に帰りたいが帰る方法が分からないと言うんでな。それ以来俺たちはその方法を探すために自分たちで探したりしていたわけなんだ」

 

 俺は一度話を切ってから、しんみりとした雰囲気を醸し出して、


「しかし手がかりもなしに自分たちで調べるのにも限度があった。だから他の神なら何か知っているかもと思って土曜に萌えの神様のところへ行ったんだが……結果的にああいうひどいことになってしまったというわけだ。もちろん萌えの神様と筋肉の神様には迷惑をかけたから申し訳ないと思っている」


 これまでの事の顛末を話し終えるとスサノオは「なるほど。お前でも分からないか」とよく分からない独り言をボソッと発して、


「分かった。そういうことなら俺たちはお前らと敵対する必要はない」


「どういう意味だ? それとこっちの事情は話したんだからそっちも話してくれ」


「まあまあ、落ち着け。それについてはここでゆっくり話そうじゃないか。あと俺に対して謝るんじゃなくてそういうことはちゃんと本人に向かって言え」


 スサノオは立ち止まり、「こっちだ」と言って目の前のアパートの敷地内へと足を踏み入れていく。


 築50年は下らないと思われ、塗装もところどころ剥がれ落ちており長く雨風にさらされてきたであろうことがよく分かる木造二階建てのアパートである。


 扉が一階と二階にそれぞれ四つずつありおそらく部屋数は全体で八部屋。


「自転車はその辺にでも止めておけ。盗まれると面倒だ、念のために鍵かけておけよ」


 そう言ってスサノオが指さしたアパートの前にある敷地はキャッチボールくらいはできそうな広さがある。


 ためらうことなく二階へと続く階段を上っていくスサノオに対して俺は抱いた疑問をぶつける。


「このアパートはなんだ? 勝手に入ってもいいのか?」


「ああ。ここ、俺んちだからな」


「……え?」


「だからここに住んでんだよ。俺」


 萌えの神様や他の神様も神社に住んでいたから近くに神社のないスサノオはどこに住んでいるのだろうかと思っていたが、ここがこいつの家……もうただの人間と言っても過言ではないな。


「貧相な家に住んどるんじゃな。あの豪勢な神社から随分落ちぶれたもんじゃの」


「家なんかよりも大事なものが俺にはあるからな。彼女のためなら家どころか命だって捧げてやるぜ。それに住めば都だ。案外居心地いいんだよ」


 めちゃくちゃカッコ良さそうなことを言ってはいるが、ただの重度のアイドルオタク、下手すればストーカーだろ。


 俺は自転車を適当に止め、ソラとともにスサノオの後についていく。


 スサノオは自室と思しき202号室の前で立ち止まり最後にソラに向かって警告する。


「本当ならお前なんて俺の家に入れたくもないが……おとなしくしてろよ!」


「ふん」


 ソラはそっぽを向いて明確な返事はしなかったからスサノオはソラに訝し気な視線を送り、俺に目で「頼むぞ」と訴えかけたのち木の古びたドアを開けた。


「ただいぎゃふんぬっっっ!!!」


 しかし「ただいま」すら言うことができず顔に強い衝撃を受けたのか、後ろに吹っ飛ばされ、アパートの二階廊下の転落防止の柵に激突し気を失った。


 一瞬の出来事だったので何が起こったのか理解が追い付かないがこいつよく気を失うな、とは思った。


 一拍置いて脳が状況を分析し出す。


 衝撃を受けた……つまり敵襲? 誰かがそこにいるのか?


 横にいるソラを見ると驚いてはいたが、すぐに俺と目を合わせ、俺が「見るぞ」という視線を送るとこくりと頷いた。


 俺がおそるおそる部屋の中身をのぞき込むとそこにはなんと、


「はわわわわ……どうすればどうすれば……」


 右往左往している猫耳を付けたメイド姿のユニ子がいた。


 俺の視線に気づいたのか、目が合う。


 ユニ子、赤面。


 そして取り繕うように、


「はっ! ……お、お帰りなさいませ、ご、ご主人様、にゃん……」


 恥じらいながら手を猫の手にしてポーズをとる。


 なるほど……この可愛さ、まさに「ぎゃふんぬ」だな。

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