第23話 『ゴールデンエクスプロージョン』
静寂が訪れるとともに徐々に場を飲み込んでいく。
すでに十秒は経過しておりスサノオも「あれ? 何だこの空気?」といった困惑顔で手をおろしていく。
ソラは話の途中から腕を組み、絵にかいたようなしかめっ面を披露中である。
俺も何を話して何をすればいいのか分からないので黙るしかない。
「……おい。なんか言えよ」
さらに数秒経過し、沈黙に耐え切れなくなったのかスサノオの方から話しかけてきた。
チラリとソラを見てみても相変わらずの表情で何か話そうとする気配はないため仕方なく俺が会話のボールを投げ返すことにする。
「あー……じゃあさっきの話に関して質問なんだがまずユニたんってなんだ?」
「まさか知らないのか? はぁ……これだから学のない愚民は。呆れるな」
「学がなくて悪かったな。どうかこの無知なわたくしめにご教示いただけないでしょうかね?」
そう言うとスサノオはまたため息をついてから話し始める。
「ユニたんっていうのはな、我らが女神、地下アイドル界の絶対的エース、幸福ノ森ユニ子ちゃんのことだ。どれだけお前がバカでも当然名前ぐらいは聞いたことあるだろ?」
「誰じゃそれ? 聞いたことないのう。名前からしてアホそうじゃし」
「てめぇ……今なんつったもういっぺん言ってみろ。ああ?」
ソラは頭に疑問符を浮かべながら俺の予想通りの回答をし、スサノオの神経を逆なでしていくが、それは仕方のないことだろう。
自分から興味を持ったり何かしらのきっかけがなければ地下アイドルについて調べたり会いに行ったりすることはおそらくないと思うし、実際に俺もこの会話の前までは同様の答えを返していたように思える。
しかしこんな回りくどい言い方をしているということはもう答えを言っているようなものだ。
結論を言おう、実際の俺の答えはイエスだ。
俺は幸福ノ森ユニ子のことを知っているし、なんなら結構間近で見たこと、喋ったこともあるな。
今の会話で思い出すことができた。
ユニ子を初めて見たのは高校入学前の春休み、長い長い受験生活から解放され高校生活への夢と期待を胸に家で食っちゃ寝していたある晴れた日のことだ。
睡魔の意向に従い昼寝という人類史上最高といっても過言ではない時間を満喫していた俺のもとへ二人の別の悪魔、本田と坂倉が家に来やがった。
寝ぼけ眼で話を聞くとどうやら電車で30分くらいかかるこの辺りで一番デカい街で地下アイドルのイベントがあり本田がどうしても行きたいと誘ってきた。
一人で行けばいいものをチキンの本田は付き合いがありかつ暇そうな俺と坂倉の二人を巻き込みやがったのだ。
イベント会場に強制連行させられた俺と坂倉はペンライトを片手に振りコピし、爆レスをもらえるように声を張り上げていた本田を横目に色々な地下アイドルたちを見ていたわけなんだが……。
その中でも特に人気のあるグループで堂々のセンターを張っていた身長140cm後半ぐらいの某住宅にてクローゼットに丁寧にしまってあったフリルのついた衣装を着ていた女の子が幸福ノ森ユニ子、つまり萌えの神様であったということである。
萌えの神様宅襲撃時に感じた謎の既視感はこれだったのか。
襲撃時に思い出しても不思議ではなかったが、あの時のイベントは何十組ものアイドルグループが参加していてそのすべてを見ていたからいくら人気があるとはいえ思い出せなくてもしょうがない。
ユニ子がアイドルということはさっきスサノオが言っていたユニっ子というユニコーンみたいなやつはおそらくユニ子のファンの愛称だろう。
これが分かればおのずとスサノオの行動の謎についてはある程度説明がつく。
「ということはじゃ。おぬしがわしらを殺そうとしていたのはおぬし自身のためや誰かに頼まれたわけでもなくおぬしが応援しておるその、何とかの海何とか男がガムテープぐるぐる巻きにされたからじゃということか」
「そうだとついさっき言ったはずだが話聞いてんのか? それと幸福ノ森ユニ子ちゃんな! 間違えんな! シバくぞ!」
本人からの確認も得られたということはそういうことだ。
つまりスサノオは萌神社の襲撃に関して俺たちを殺そうとしていたことは間違いない。
しかしそれは当初俺が予想していたスサノオ自身が襲撃されたからやスサノオが誰かに依頼されたからなどではなく、何らかの理由で萌えの神様がガムテープでぐるぐる巻きにされていたことを知って、ただ単に一アイドルファンとして自分の推しが傷つけられたことに対して怒り、俺たちを始末しようとしていたということらしい。
そういうことならもう一つの疑問の答えはなんとなく想像がつく。
「ならなぜおぬしはこの辺りにおる?」
「ユニ子ちゃんの神社が近くにあるからに決まってんだろ」
やはりそういう答えか。
推しのために俺を襲うほどのオタクだ。
そういう理由だとしても今更驚きはしない。
「なんじゃそれ。たったそれだけの理由で? 今回はさすがにまともな理由かと踏思っておったが……悩んで損したわ。解散解散」
ソラは呆れ顔でそう言い放ち「帰るぞ」と俺に言ってスサノオに背を向けて帰ろうとするが、
「それだけ? はっ、お前にとってはそうかもしれないだろうがな、俺にとってはユニたんは彼女にフラれてフラれてフラれまくって粉々に割れていた心の傷をいやしてくれた一番大事な人なんだ。それをそれだけ、だと? そんな言葉だけで片付けるだと? ふざけるな! 言っていいことと悪いことがあるってのを知らねえのか!」
どうやら地雷を踏んでしまったようでスサノオは再び落ち着きを失い怒りで我を忘れている。
「別に俺のことを悪く言われたり昔の苦い思い出を暴露されたって耐えられたぜ。けどな! 俺の推しを傷つけてそれだけ、としか思ってないことは推しのファンとして許せねえ! 目にもの見せてやる!!!」
そうして先ほど俺の愛車をパンクさせた剣に力を込め始めると、スサノオと剣に気みたいなものが集まりだして剣が淡く輝きだした。
「ヤマタノオロチすら耐えられなかったこの天羽々斬の切れ味を味わわせてやる! あの世でユニたんに謝っておくんだな!!!」
ヤマタノオロチと戦ったことあんのなすげーてかそりゃそうだよなスサノオなんだしあとその剣天羽々斬と言うのかなんかかっちょいーとか思ったがそんなことを考えている暇があったら少しでも遠くに逃げるべきだった。
あたりを明るく照らすほどその天羽々斬とやらがさらに光り輝きだしますます殺気が高まっているのを肌で感じる。
「なんかヤバくないか? 逃げた方がいいだろこれ!」
俺はさすがのソラもこれを受け止めきれないと思って逃げるように促したが、
「いい加減鬱陶しかったんじゃ。ここで決着をつけてやろうぞ」
真っ向から立ち向かう気らしい。
「スゥ……。これで決める」
ビリビリと空気の圧が伝わってくる。
対するソラも目を閉じて構え、集中している。
頼むぞ、ソラ。何とかしてくれ、助けてくれたらなんか奢るから、というなんとも情けないことを思っていた次の瞬間!
「奥義! 真・アルティメットデストロイアジャッジメント――」
「ゴールデンエクスプロージョン!!!」
スサノオが光り輝く剣(天羽々斬は長いので省略)を振り下ろす前にソラがスサノオの後ろに高速で回り込むとともに右足を勢いよく上へと振り上げ、目にもとまらぬほどの速さでつま先をスサノオの股間に直撃させた。
「もx#js3しhづ&い¥cd!!!?????」
声にならない声を上げるスサノオ。
「こっちじゃ! 行くぞ!」
「グエッ!」
俺はいつの間にかソラに制服の襟を掴まれてソラとともに宙を浮き、学校の屋上へと連れていかれた。
そしてそのいかにも中二病をこじらせてとにかく横文字並べておけばいいだろみたいな奥義により蓄積されたエネルギーが行き場をなくしたせいか、剣がさらに輝きを放つとともにスサノオを中心とする大爆発を引き起こしたのだった。




