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第22話 『クンカクンカか、クンクンか』

「助けに来てくれたのか? さすがマイベストフレンド」


 頼れる我らが主犯格の登場である。


 ソラはゆっくりと地上に降りて来て俺のそばに着地する。


「おぬしと友人になるくらいなら想像上の友人の方がまだマシじゃな」


 イマージナリーフレンドにすら負けたということに多少心にダメージを負いつつもさっさと話すべきことを話す。


「ソラ、お前に話すべきことと聞きたいことがあるんだが」


「分かっておる。こやつがおぬしを殺そうとしていたことぐらいは最初からずっと見ておった。それにおぬしに加えてわしも狙っていることも知っておる」


「うん? 最初から? じゃあなんで助けに――」


「あとこやつの正体を知りたいんじゃろ?」


 俺の話を華麗に無視しソラはこの謎の人影についてすでに正体を知っているかのように話し続ける。


 先ほどの雷撃で人影はまる焦げになっており膝をついて天を仰いだままだ。


 もともと黒かったフードとマントはもはや原型を留めていない。


 ヒュウ、と弱い風が吹き、そのボロボロになったフードがめくれあがり人影の正体が明らかになる。


「こやつはスサノオ。わしの弟で海を司っている神じゃ」


 今なんて言った?


 スサノオ? このまる焦げ男が?

 それにお前の弟って……嘘だろ?


「スサノオってあの?」


 ソラは無言でうなずく。


 ソラから視線を外し半信半疑でスサノオと呼ばれたこの男をじっと観察する。


 まず目を引くのは黒焦げになってもなお冬の日本海を想起させるほどに荒々しく波打っている青白く長い髪だ。


 こんな髪で学校に来たら間違いなく頭髪検査に引っかかるだろう。


 今は白目になってしまっているが鋭く目つきの悪い、見た相手を怯えさせるような力強い目と細い眉毛も特徴としてあげられる。


 だが意外にも顔は整っており、目と髪さえなんとかすれば強面イケメン男子に大変身するのではないだろうか。


 あと先ほどはマントに隠れていたため中肉中背だと思っていたがよく見ると腕や胴体、脚に至るまで筋肉の神様ほどあからさまではないものの、かなりいい体つきをしていることが見て取れる。


 中肉中背にならって言うなら高肉中背といった方が正しい。


「ほう、おぬしスサノオを知っておるような口ぶりじゃな」


「ああ。神に特別詳しくない俺でも名前ぐらいは聞いたことはあるが、まさかこいつがスサノオとは……いまだに信じられないしお前の弟って本当なのかよ」


「まあのう。ちなみに他にも上に一人、下にも一人きょうだいがおるぞ」


 結構大家族じゃねえかってそんなこと言ってる場合じゃない。


 土曜日と日曜日は色々とアウトギリギリ(萌えの神様の件についてはアウトだが)の行動をしてきた俺たちではあるが、スサノオには何もしていないはずだ。


「なんでスサノオがここにいるんだ? なぜ俺たちを殺そうとする?」


 そう言うとソラは「わしも分からん」と前置きをした上で、


「それにどうやらこやつはこの週末、というよりわしが起きる以前からすでにここら一帯をうろついておったらしいのじゃ。じゃからもともと別の目的があったのではないかとわしは睨んでおる」


 この近辺にはスサノオを祭る神社はなかったはずだからわざわざ神社を離れてまで果たすべき目的があったということだろうか。


 それと俺たちが殺されることに何か関係はあるのか?

 ますます分からなくなってきた。


「それで今日早めに帰ってこやつに会って色々聞き出そうと思っておったんじゃが、こんなことになって驚いたわ。これまで特に何もしてこんかったから大丈夫だと踏んでいたんじゃが……まあそれも含めて全部話してもらおうかのう!」


 ソラが話し終わったと同時に右手を斜め上に掲げたと思ったら瞬き一つしないうちにソラの右手が鈍い光を放つ剣を受け止めていた。


 素手でコンクリぶった切る剣受け止めてることには驚いたが、それよりも真顔のスサノオが何の前触れもなく殺しに来たってことの恐怖の方が勝ったな。


「チッ。また殺せなかったか。どうやったら死んでくれるんだ?」


「逆におぬしのような小童にどうやったら殺されるのか教えてほしいもんじゃな!」


 そのまま右手を大きく振りかぶりソラはスサノオを投げ飛ばすが、スサノオは体操選手のように見事に着地を決めて会話を続ける。


「もう何回目じゃ? おぬしが殺そうとしてくるのは。いい加減飽きたぞ」


「お前が飽きても俺は飽きてねえんだよ。さっさと死んでくれねえか? そしたら俺もこんな面倒なことしなくて済むんだからよ」


 足先をトントンと地面に打ちつけてスサノオはかなり苛立ちを募らせているようだ。


「面倒くさいのう……で、今回はなんじゃ? わしはおぬしに何も、ってまさかまだあの女子おなごのことを怒っておるのか? いい加減諦めたらどうじゃ? フラれたんじゃし」


「フラれてねえだろうが! お前変なこと言ってっとマジで殺すぞ? それにあれはお前が余計なこと喋ったからああなっちまったんだろうが!」


 剣を肩に担ぎさらに苛立ちを募らせているスサノオであるが、過去のいざこざを掘り起こされた影響か先ほどまでの冷酷さは影を潜め語気を荒げ始める。


「はっ。おぬしが彼女の脱ぎたてホヤホヤの下着の臭いを余すことなくクンカクンカしておったのが悪いのではないか」


 なかなかなことを弟の彼女に曝露したなおい。 

 仮に見たとしても姉ちゃんなら黙っといてやれよ。


「なんか面白そうじゃったし案の定面白かった」


「はあ? そんだけの理由でおまっ……絶対潰す!」


 うわー。余計神経逆なでしてるじゃないかやめろ。


「それとクンカクンカじゃねえ! クンクンだ! ここ重要!」


 そこ!?


「それが違うということはもしやその前の女子のことか? あれもすごかったのう。おぬしがわしの下着を洗濯しておったときにそれを不倫相手のものだと思ったそやつが必死に弁解するおぬしに向かって一世一代渾身のビンタを顔面に食らわせていったやつ。その時のおぬしの放心顔と『違うんだ……そんな……待ってくれ……行かないでくれ……』と悲痛に満ちたか弱い声といったらもうすごかったぞ」


「……あの、それ今言う必要なくないか? なんで言った? せっかく忘れてたのに。いや未だに恨んではいるが今日は別のことで来ただけだし。しかもそいつもいるし、せっかく俺とお前以外誰も知らない情報を流すし。なあ? なんでそれ言った? 今言う必要ないよなそうだよな!!?」


「何? それも違うとな? じゃあその前のあやつのことか? あれはおぬしが――」


「お前ぇぇぇ!!! 死ねぇぇぇ!!!」


 怒りが頂点に達したのか、この話は比べ物にならないほどハードなのかは図りかねるが、スサノオは叫びながら剣から斬撃を放つ。


 しかしソラはこれまたダイヤよりも頑丈そうな片手で受け止めて相殺し、何事もなかったかのように、


「じゃあ何なんじゃ。おぬしがわしを殺す理由なんぞ微塵もないではないか」


 これはわざとなのか、無意識に言っているだけなのか。


「ふー……ふー……。クソっ! やっぱりお前といるとロクなことがない! この疫病神が!」


 ソラによる曝露口撃により興奮してしまったせいでせいで大きく息を乱すスサノオだったが、一呼吸入れて再び話し出す。


「バカはこのまま話してても気づきそうもないから教えてやる。お前とそこのモブ男は許されざる罪を犯した。具体的にはこの前の土曜日だ。覚えはないか?」


「あるわけなかろう!!!」


「ふざけんな!」


 よく断言なんかできるなとその腹の座りように感激しつつも、それに対して機械のごとく瞬時に返答するのを見ていると本当にこの二人は犬猿の仲なのだろうかと疑いたくなる。


 きょうだいで洗濯物一緒に洗ってるし。


 するとスサノオはスーッと大きく息を吸い込み、まくしたてるようにこう言った。


「なら言ってやる。お前たちの罪はな、俺の最推しを傷つけたことだ! あの生まれて間もない、優しくギュッと抱きしめたくなるような子猫のように可愛くて、この世の全てを寛大な心で包み込んでくれる天使のように優しくて、もし世界と法律が許すなら部屋に飾りたくなるほど愛らしくて、奇跡に最も近い、今を生きるすべての人間が生まれてきたことに感謝すべきマジ女神なユニたんを……お前たちはガムテープで縛り傷つけた! しかも、だ! あろうことかユニっ子の間で禁忌とされている不可侵領域、ユニたんの家への侵入を行いさらに! 部屋を覗いた!  ユニっ子No.002の俺でさえ見たことないのにっ……許せない許せない羨ましい! 全ユニっ子を代表してお前たちに裁きを下してやる。この一連の行いは万死に値する!!! 死刑!!!!!」


 ビシッと人差し指を俺たちに向け、言ってやったぜ、というような満足げな表情を見せるスサノオであるが、ここまで人生において聞こうと思ってもなかなか聞くことができないであろう長さの話を黙って聞かされてきて思ったことが一つだけある。


 うん、わけわかめ。

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