第20話 『刺客』
『次に示す命題は正しいか』
「自分で調べてください」
『傍線Aについて主人公の心情を述べよ』
「早く家に帰って休みたい」
『次の分子式で表される構造異性体の個数を答えなさい』
「うん個」
といった具合に理解不能な問題に対し俺は学年指定強化生徒としての矜持を胸に一つ一つの問題に極めて真摯に向き合って答えを導き出していたのであったが、それも長くは続かず、
「…………いった! ……へ?」
いつの間にか眠ってしまっていた俺は頭に鈍い痛みが走ったことで目を覚ました。
どうやらヘビメタバンド並みのヘッドバンキングをしていたようで頭と机が正面衝突してしまったらしい。
黒板の上に掛けられた時計はすでに六時半を指しており日もすっかり傾いてしまっているため教室内はかなり薄暗くなっていた。
寝るまで聞こえていた部活の声や音はピタリと止んでおり、静寂が教室を包んでいる。
結局プリントは十枚と進むこともなく推定990枚超のプリントの山が相変わらず俺の隣の机に鎮座している。
単純計算だが仮にこの時間までプリントを解いていたとしても二時間半で千枚だから一分当たり七枚近く解かないと間に合わない。
うちの学校の教員たちは頭のねじが十本ほど外れているのか?
これから残りを片付けることもできなさそうなのでとりあえず職員室に行くことにする。
無断で帰ってもいいかと思ったんだが先週のような大目玉を食らうことも考えられるので念のため報告しておくことにしたというわけであり、決して担任が怖いからなどということではない。
「暗っ……」
教室のドアを開け廊下に出てみるとまるでお化け屋敷のように明かり一つ灯っておらず人の気配が全くしない。
歩くたびに俺の足音だけが不気味なほどに反響する。
部活の終了時刻が何時かは知らないが多少は人が残っていてもおかしくはないだろうにここまで人っ子一人いないなんてことはあるのだろうか。
根拠はないが何かの意図が働いて俺一人だけがこの学校に取り残されているような気がしないでもない。
歩いて一、二分ほどで職員室のある三階に到着するも職員室は真っ暗で誰もおらずドアには鍵がかかっていた。
何先に帰ってんだあのパーティーゴリラ!
だが誰もいないのなら報告のしようもないし帰るか、ということで玄関に直行し靴を履き替える。
玄関のドアには鍵がかかっていたが開けてそのまま放置しておいた。
まあ俺という学年強化指定生徒を学校に置き去りにしていったのだからな、しょうがない。
というかそもそも俺は鍵がどこにあるか知らないからどうしようもない。
外に出てみると外の照明はかろうじて点いていたのでそれを頼りに歩く。
駐輪場に着いて愛車のかごにカバンを乗せ、自転車のカギを外して跨りライトを点灯させる。
もちろん校内に誰もいないのだから俺の自転車以外に止められている自転車はない。
こんなにもきれいさっぱり一人だけ取り残されることなんてあるんだな。
誰か気づいてくれよ、俺そんなに存在感ないか、存在感出すために明日からどこかのカーニバルみたいに頭から草生やして登校でもするか、なんて思いながら走り出そうとしたその時。
俺は力強くブレーキハンドルを握る羽目になった。
なぜならそこに黒のフードを目深に被り全身を黒いマントで覆った正体不明の人影があったからである。
身長は俺ぐらいで体格はそこまで太くも細くもない、いわゆる中肉中背だ。
「お前だな? 色々やってくれたのは」
そいつは一言そう発する。
聞いたことのない低く太い男だと思われる声だ。
すぐさま脳内検索システムを活用してみるも、この声に合致するやつは存在していない。
誰だ? フードのせいで顔が見えないから判別もつかない。
色々? なんのことだ?
俺のことをどこかの誰かだと勘違いしているのか?
こういうわけの分からない輩は無視すればいいのかもしれないが、無視したことで逆上されても面倒だ、なるべく刺激しないように優しい言葉で、とも思ったがそれでもやはり面倒なので無視しよう。
人影は俺の真正面に立っていたので自転車を切り返し人影の横を通り過ぎることができるように位置を調整したその瞬間。
「無視してんじゃねえぞ?」
三メートルほど先にいた人影が急に目の前に現れて何かを振り下ろしてきた。
いきなりの出来事だったため驚いた俺は自転車ごと地面に倒れてしまいその何かに当たらずに済んだのだが、
「……は?」
人影が振り下ろしたのは駐輪場のわずかな照明でも鈍い光を放ち、まるでゲームやマンガの勇者が持っているかのような剣であった。




