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第19話 『ただひたすらに某ネズミ』

 ソラの件は一段落し残るは図書館デート(?)の件についてだったが、偶然図書館で奈良に会って話が弾み本を貸してもらえることになったと説明しておいた。


 嘘ではないからな? 図書館に行った理由はごまかしておいたが。


 なんとか追及を逃れることに成功して放課後になったわけなんだが、俺は思わずスキップでもしたくなってしまうほど心を弾ませていた。


 この一週間色々あって疲れていたので今日はさっさと家に帰ることに登校前から決めていたんだが、朝礼後、


「ちょっと気になることがあるのでな、今日の襲撃はなしじゃ。わしは先に帰るからおぬしも家にしっかり帰るんじゃぞ。絶対に、じゃぞ!」


 といった具合にソラ直々に帰宅命令が出たからである。


 声を掛けられた時にはまた襲撃か? とも思ったがそういうことなら全力で家路につかせてもらおう。


 だが席を立ちいざ帰ろうとした矢先、あの忌まわしき男に呼び止められる。


「はっはっは! 福井はいるか!?」


 先週ある意味俺に雷を落とした男、担任である。


 背は俺の頭一つ分ほど高く筋肉質、さらには相変わらずの強面であり怒ると怖いで有名なためかなり威圧感があり苦手な生徒もさぞ多いことだろう。


「え? あっ、はい……何ですか?」


「ははっ! いいから来るんだ! ははっ! ははっ!」


 しかし今の担任にはそんな面影は一つもない。


 普段はこんな世界的人気を誇るネズミのような笑い方は万に一つもしない人間であるのでクラス中のやつらが驚き、奇怪なものを見る目で担任を見ている。


 なんとなくしてそうだなとは思っていたんだがついにアヤシイ薬に手を出してしまったのか?


「何をしているんだ? 早く来い! カモン! フォー!」


 担任は廊下に出て俺に手招きをしてくる。


 心底ついていきたくなかったんだが、パリピのように騒ぐ担任のせいで俺まで変な目で見られ始めてしまったので仕方なくついていくことにする。


 この様子を見る限りこの人俺が行かないとか言ったら何をしでかすか分かったものじゃないからな。




 そして連れてこられた先は机が理路整然と並べられた、普段は数学の選択授業や補講なんかに使われている空き教室であった。


 俺以外に誰かいるわけでもなく黙っていればただ野球部のカキーンという気持ちのいい打撃音や吹奏楽部のそこそこ上手い練習の音が聞こえるだけである。


 担任は「適当な席に座って待っていろ、ファイヤー!」と言ってどこかに行ってしまったので俺は窓際の真ん中の席に座りぼーっと眼下の景色を眺め、ここに連れてこられた理由を考えてはみるもののこればっかりは見当もつかない。


 宿題はここ一週間正答率はともかくとして真面目に出してはいたし、授業にも出席はしていたため特に思い当たる節はないのだが。


 とにかく貴重な休みである、早く帰りたい。


 これでもし「福井は見込みがあるからな、俺のマル秘筋トレ法を伝授する! 一緒にボディビルの世界を目指そう! ははっ!」とかどうでもいいことを言おうものなら、俺は即刻担任に対しエクスカリバーのように鋭く辛辣な言葉を突き刺したあげく担任のエクスカリバーにドロップキックを食らわせかねない。


 するとその五分後。

 

 千枚は超えているであろうプリントが俺の目の前に現れた。


 ドスンと担任が俺の机にそのプリントの山を置くと置いた衝撃で三枚ほどがはらりと宙を舞い床に落ちる。


「……えっと?」


「まずは福井、おめでとう!」


 そう言って担任はゴリラのようなデカい手で大きな拍手をする。


 何がおめでとうなのか分からないし状況が理解できない。


「祝われるようなことをした覚えはないんですけど」


「そう思うのも無理はないよな! なぜなら先ほど決まった話だからな!」


 ここまで聞いてもまだ話の内容が見えてこないし、いちいち語尾を強めるのが非常に鬱陶しいのですぐにやめていただきたい。


「厳正なる審査の結果、お前は今年度の学年強化指定生徒に選ばれることになったのだ。おめでとう!」


 担任は先ほどよりもさらに五割増しほどの音量の拍手を繰り返す。


「学年……? 何ですかそのスポーツの強化選手みたいな肩書は」


「学年強化指定生徒と言うのはだな、学年の教員が厳正なる審査を行いそのうえで校長の承認を得られた生徒が選ばれるものなんだぞ~。その学年を代表する学力を有する素質があると見込まれた生徒が選ばれるからすごい名誉なことだぞ~。福井、やったな!」


 担任はビッと親指を突き立ててグッジョブマークを作ってくれたが俺の心はそれをさかさまにした気分だ。


 あと俺がその指定生徒やらに選ばれる意味が全く分からない。


 奈良のように俺よりもよほど適任のやつがいるだろう。


 そんなことを心の中で毒づいていると、担任はあっけらかんと、


「というわけで学年強化指定生徒に選ばれたお前には特別課題が出されることになっているんだ。毎日プリント千枚ノックだ!」


 ……は? 今なんつったこの人?


 特別課題? 千枚ノック? ますます意味が分からない。


 試しにプリントを一枚手に取ってみるとそこには明らかに普段の授業の内容から逸脱した難関大学レベルと思われる難問が所狭しとずらりと並んでいた。


「どうだ福井。先生たちの英知を結集したプリントだ。解きごたえがありそうだろう!? だろ~ん!?」


 解きごたえも何も問題文の意味すら理解できるか怪しい。


 正気の沙汰とは思えないし、話し方がいい加減ウザくなってきた。


 自分で言うのもなんだが入学早々一週間宿題をやってなかった劣等生なんかにやらせる問題ではない。


 それともなんだ? その強化生徒ってのはあまりにも不真面目だったから他の生徒にサボり続けるとこうなるぞ、と見せつけ奮起を促す公開処刑みたいなものなのか?


 あまりの絶望に俺は固まっていたわけであるが、担任はそんな俺の心中を察しようともせずに、


「じゃあ解き終わったら職員室まで出しに来い! 応援しているぞ! はっはっは! ははっ!」


 と、明らかにいつもと違うスーパーハイテンションで教室から出ていった。


 再び野球部の声と吹奏楽部の楽器の音色、それに部活が本格的に始まったのか他の運動部の掛け声や合唱部か放送部の発声練習の声まで聞こえるようになる。


「…………」


 空き教室に一人ぽつねんと残されながら、思った。


 あのー、帰りたいんで帰ってもいいっすか?

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