第1話 『火のないところでは爆発は起きない』
今この瞬間に「町内 頭おかしいやつ選手権」が開催されたならば、ベスト8くらいまでなら行ける自信があるほど、俺は頭がおかしいことをしている。
具体的には夜九時を過ぎたというのに、ノンブランドの着古したジャージを着て、闇夜に染まる通学路を自転車でかっとばしているのだ。
俺だって本当ならこんなことはしたくなかった。
だが今日ばかりは仕方がない。
なぜなら学校に宿題を忘れてしまったのだから。
そんなことか? と大多数の健全で善良な市民の皆々様は疑問符を浮かべるかもしれない。
しかし、俺は現在一週間宿題を提出しておらず、さらに俺が高校に入学してから一週間が経過しているのだ。
つまり俺は高校に入学してから一度も宿題なるものを提出したことがない。
頭の中身がダイヤモンドのようにカチカチの強面担任の話によるとそんな不真面目生徒は同学年に一人もいないとのこと。
高校に入っていいスタートダッシュを決めるどころか、スタート前に足をつって現在医務室で治療中という感じの高校生活を送っているのが今の俺である。
そしてなんと愚かなことに放課後、担任に呼び出された際に明日こそは春休みの宿題を提出すると正々堂々宣言し、もし忘れたら追加で課題をするという悪魔の契約を交わし、先ほど真面目に宿題に取り組もうとした矢先、
「……宿題なくね?」
その肝心の宿題をきっちり自分の机に入れっぱなしにするという愚行を演じてしまった。
ということで現在絶賛立ち漕ぎ中なわけである。
家を出る時はまだ春先だから少し肌寒い、なんて思っていた春の夜風も汗みずくとなった今となっては心地よいほどにまでなってきている。
夜のサイクリング。
人によっては青春のキラキラした一ページに刻まれるイベントであるかもしれないが、少なくとも俺にとっては青春の苦い思い出になること間違いなしだな。
なんていう、やはり頭のネジが一本外れてしまっているとしか思えないくさいセリフを心のうちにつぶやきながら、人気のない一本道を駆け抜けていた時であった。
ドカァァァン!!!!!
と、耳を劈くような猛烈な爆発音とともに自転車に跨る俺に揺れが襲いかかってきたのだ。
「うおっ!!?」
自転車から投げ出されそうになった俺は即座にブレーキハンドルに力を込め、急停車。
なんだ、何が起こったんだ?
頭の中で動揺と混乱が渦巻いていたが、ひとまず揺れが治まるまで自転車にしがみつき、その場をやり過ごす。
そして数十秒が経過して、やっと揺れが治まってから、顔をあげて周囲の状況を確認した。
すると……。
「……なんじゃこりゃ」
今、ちょうど俺の目の前にある、廃れた神社の境内の中からもくもくと土埃があふれ出してきたのだ。
「ここって確か……幽霊が出るとかって噂の……」
俺はそう独りごちながらクラスメイトから聞いた噂話を思い返していた。
ここは俺がかっ飛ばしていた一本道にある神社で、誰も手入れしていないし、誰も入らないせいか、見るからに異様というか、なんか出そうな雰囲気をプンプン漂わせているのだ。
そんなわけでもちろん入ろうとする人間なんてよほどの物好き以外皆無に等しいのだが……今、確実にここで何かが起こった。それだけは確かだ。
まあ、率直に考えればこの状況下では、美少女がナンパ野郎の声に耳を傾けないかのようにスルーするべきだろうがこんな人気のないところで爆発音とは明らかに怪しい。
これは絶対見てはいけない、入ってはいけないやつだと直感で分かる。
こんな時に、こんな怪しげな場所に入ったりするやつが、なんかの事件とかに巻き込まれて色々面倒なことになるということはもうすでに世の中で証明されているからな。
当たり前だが安全第一、自分の身は自分で守るしかない。
そんなに気になるならわざわざ夜も深まったこんな時間に一人で行くのではなく明日の朝にでも友達や周りのやつを連れて確認すればいいだろう。
そうだ、そうしよう。
なんてことを考えていた俺であったが結論から言おう。
無理だった。
押すなと言われたボタンを押したくなるみたいに恐怖云々よりも好奇心が勝ってしまうのが人間の性ってもんらしく、樹液に集まるカブトムシのようにまんまと神社に誘い込まれてしまった。
あと好奇心云々を抜きにしても何かの人命がかかっている事故だったら無視するわけにもいかないので一応確認してみることにした。
自転車を神社の前に止めて春休みに買ってもらったばかりのスマホのライトを頼りに、土埃と漆黒の闇の中をおそるおそる進んでいく。
これまでこの神社に来たことはなかったのだが、なるほど。
これは何か出ると言われてもおかしくないような気味の悪い空気がひしひし漂っている。
風が吹くたびに神社を取り囲む木々がザワザワという不気味な音を立てていて、侵入者である俺のことを何者かに知らせているような気がしないでもない。
階段を上っていくと古びた境内に出たが、境内には何かが爆発したような形跡はなく特別何か変わった様子は見られなかった。
拝殿の向こうを確認するべくさらに奥に進むとそこから砂煙がもくもくと立っていた。
何か重いものが落ちて砂が舞ったのだろうか。
よく目を凝らしてみると、どうやら俺の背丈の三倍近くはありそうな大きな岩のあたりから砂ぼこりが出ていた。
この状況から推察するにこの何百キロ、下手したら何トンあるかも分からないような岩が何らかの原因で飛ばされて地面に落ちたせいで砂煙が立ち、さっきの音と衝撃を生んだのだろう。
しかしそれが分かったところでこの状況には疑問を抱かざるを得ない。
なぜ岩がぶっ飛んだ?
隕石……ではもちろんないよな。
それだと空が明るく照らされて落ちるときに気が付くはずだし俺はおそらくこの世にいない。
だとしたら雷?
こんな雲一つない夜空で雷など落ちるだろうか?
原因を考えてみても皆目見当もつかない。
ひとまずこれはどこに連絡すればいいのか。
警察? 市役所?と思い、動揺しながらもネットで調べようとロックを解除した瞬間、
「めし……」
弱弱しい女性と思われる声が聞こえた。
まさか誰か巻き込まれて岩につぶされてるのではないか?
声のした方にスマホをさっと向けてみると、
「大丈夫ですか……えっ?」
その光景をみた瞬間、俺の脳は処理速度を超える計算を要求されたPCのように処理落ちしてしまった。
なんということか、目の前のほんの数メートル先に白いロングヘアーに白装束の女性がいるではないか。
うなだれているためか顔は全く見えずそのロングヘアーが垂れ下げっている。
一旦思考に集中し、状況を整理したのち、俺は結論を出した。
これはあれだな。
幽霊ってやつだな。
俺はそう結論付けた瞬間、強張っていた体を180度無理やり反転させ、一言も発することなく全速力で神社から脱出するべく駆け出していた。
ヤバいヤバいヤバい!!!
これは本当に見てはいけないやつだ!
火のないところに煙は立たぬというのはよく言ったものだ。
マジで出やがった!
幽霊やUFOなんていうものは一応はいるかもしれないと警戒はしていたが、十五年も生きてきてみたことがないということでどうせ出ないだろう、なんて高を括っていたのだが、まさか本当に実在するとは!
しかしそんなことに感心している余裕なんてものは今の俺にはこれっぽっちも残されていない。
とにかくこのとんでもなくマズそうな場所から一秒でも早く逃げ出すべく俺は足を動かし続けたのだが、後ろからタタタタ、と俺に猛烈な速さで近づいてくる音がする。
ちらりと振り返ってみると、全く無駄のない世界陸上に出場しても疑問には思わないほどのスプリンターのお手本であるかのような完璧なフォームと他の追随を許さぬ圧倒的なスピードでさっきの幽霊女が俺を目掛けて突っ込んできた。
「うおあああああ!」
あまりにも完璧な走り方で迫ってくるその女に驚嘆と恐怖をごちゃまぜにした声が腹の底から出てしまう。
女は俺を完全に捉えると飛びついてきて俺共々地面に倒れこんだ。
何とか逃げ出そうと芋虫みたいに体を動かしてみたものの女はプロレス技のように俺をがっしりと捕まえているため逃れることができない。
「めし……めし……」
意味不明な言葉を発し続ける女に捕まり、これから何をされるか分かったものではないため、恐怖で全身から嫌な冷や汗が滝のようにドバドバとあふれ出してくる。
「めし……めし……めし~!!!」
さっきの弱弱しさと打って変わってこちらが気圧されるほどの声量で呪文のような言葉を発する女。
その瞬間、心の糸がプツリと切れ、俺は無宗教であるにも関わらず神に祈り始めた。
もう終わりだ。神様、どうか俺を救ってくれ……。
もしあなた様がこのどうしようもない私めを救ってくださったのなら精一杯頑張るから。
困ってる人いたら助けるから。
宿題出すから。
だからなんとか、なんとか助けてくれ神様ぁぁぁ!!!
ぐぎゅるるおおおお……
と、俺の一生に一度のお願いに答えるかのように何かの音がした。
え……まさかこれが神様の声?
神様の声ってこんな昼飯前に大音量で発せられる腹の音みたいな声なのか?
ぐんぎゅるるるるる……
また音がする。
ていうかなんか音がするたびに体に振動が伝わってくるんだが……。
「めし……めし……くれや……」
めしくれや? うらめしやじゃなくて?
飯くれや……飯をくれ……もしかして……。
「腹減ってんの?」
女は一言。
「うむ……」
へー、幽霊も腹は減るんだな……。




