第16話 『拘束!! 萌え神ガムテープ』
「もう埒があかん。こやつも怯えて話も聞けそうにないしのう。よしでは次の作戦に移るぞ」
その後も話せ! いや! 話せ! やめて! みたいな感じでソラと萌えの神様の押し問答が続いていたのだが、それに辟易したソラはどうやらセカンドプランを実行するようだ。
「この部屋を物色する!」
無断で家屋に侵入、家主を脅す、家を物色。
しかも俺は普段の私服だがソラに至っては全身黒でパーカーのせいで顔もよく見えない。
やっていることが完全に強盗のそれである。
神の世界の法律があるのかどうか知らないが人間だと普通にお縄だろうな。
「それはさすがにヤバいだろ。神様だってこんなに怯えてるし、それに物色して何を探すっていうんだ」
「神なんじゃから何か持っとるかもしれんじゃろ? 何か手がかりになるような、神の世界のパスポート的なもんとか」
「あったとしてもパスポートなんて情報書き換えられんだろ」
「わしの偽装技術は神の中でも群を抜いておるのじゃ。不可能などない!」
ヘラクレスオオカブトを捕まえた小学生のように自慢げに言っているがパスポート偽装なんて全く自慢できないし、偽装技術ってお前はスパイか何かなのか?
「……メです……」
するとここまで沈黙を貫いていた、というより恐怖により貫かざるを得なかった萌えの神様がか細い声でそう言う。
「ダメです、ダメです! ここは萌えの神様のお家なんですよ!? 勝手にものに触ったり取ったりするなんて言語道断、許されません!」
カーテンの隙間から懸命に顔を出し泣き声で訴えかける萌えの神様。
さすがの萌えの神様も部屋の物色を始めようとする俺たちに対して怒りが沸点に達してしまったらしい。
「僕が守らなきゃ……うわーっっっ!!!」
勇気を振り絞ったのか、カーテンからその巨躯を出しソラではなくなぜか俺を目がけて突進してきた。
避けようとしたんだが、さすがハムストリングスも鍛えているんだろうな。
加速度が異常で俺の脚は瞬時には動かなかった。
ヤバい。これはかすり傷では済まない。
下手したら骨折だ……と怪我をする前提で俺は考えていたのだが、俺が萌えの神様が衝突する寸前に、ソラがその間に割って入ったのだ。
ソラはそのまま萌えの神様と大相撲の力士のように真っ向からぶつかると、両手でパンツを持ちあげながら見事な下手投げを決めやがった。
「ぎゃふん! 痛いです~!!!」
投げ飛ばされた萌えの神様は悲鳴を上げる。
「今じゃ! ガムテープを使え!」
「が、ガムテープ? どうやって使……まさか」
「ガムテープでこやつを縛るんじゃ」
もうめちゃくちゃだな。
「さすがにかわいそうだろ。勝手に部屋に入って投げ飛ばしてそれでガムテープで縛るなんて――」
「雷」
「すぐやります」
俺はガムテープを袋から取り出しけんかした後の幼稚園児みたいに泣いている萌えの神様に近づく。
「あのー……すみません。ちょっとガムテープで手と足縛らせていただきますね?」
「ぐすん……そんなこと丁寧に言われても……」
うん。俺もそう思います。
俺だってこんなこと丁寧に言ったの初めてだし多分今後もないだろう。
あまりにもかわいそうなため一応手と足をガムテープで縛りはしたものの痛みが少ないようにそこまで強く縛らないであげた。
そして最後に口になるべく柔らかくガムテープ。
「よし! これで思う存分探せるのう」
「全く『よし!』ではないんだけどな……」
もうここまで来たらどうとでもなれ。
俺たちはセカンドプランを実行した。
捜索する部屋を分担しソラは萌えの神様の監視もかねてリビング、俺はリビングの横の寝室を捜索することになった。
寝室に入ってみると……これまたプリティーな部屋だった。
まず目に飛び込んできたのはベット。
掛け布団がピンクの可愛い花模様で枕もピンクのフリルみたいなものがついているやつだ。
その周りにはクマやウサギといったぬいぐるみ。
次にテーブルだ。
三面鏡が鎮座しておりその前には所狭しと多くの化粧品やメイクグッズが。
他にも床にはピンクのふわふわのカーペットにカーテンはもちろん花柄。
総括するといかにもザ・女の子のような部屋であった。
可愛すぎんだろ、マジで。
てっきりダンベルやらバーベルやらがゴロゴロ転がっているんじゃないかと思っていたが中身はちゃんと萌えの神様しているってことか。
綺麗に掃除されているようで気が引けるが物色させてもらうことにする。
まず一番近くにあった本棚を見てみるとファッション雑誌やアイドルの特集が組まれた雑誌が大量に並んでいる。
しかもほとんどのものが一年以内に発刊されたものばかりだ。
萌えの神様、アイドルにでもなりたいのか?
次にクローゼットを開けてみるとフリルのついた洋服やゴスロリ、それにアイドルのライブの衣装にしか見えないものなど可愛いらしい服が多く並べられていた。
しかも開けた瞬間、奈良といい勝負をしている柔軟剤のいい匂いが。
これをあの神様が着るのか? まあ見た目で判断してはいけないからな。
中身は純情な乙女だしこういった服に強く惹かれるのだろう。
それはそうとして少しサイズ小さくないか?
そして一番何かありそうな机の引き出しをごそごそしてみると山のように大量の手紙が出てきた。
中身を見ると様々なことが書いてある。
ライブ応援してます、とかステージいつも見てます、とかガチで推してます、とか。
中には結婚してくれ、なんて書いてあるものもある。
そこまで見て一つの事実が判明した。
萌えの神様はアイドルになりたいんじゃない。
まごうことなきアイドルなんだ!
しかもかなり根強いファンがついているらしく人気もあるようだ。
手紙、もといファンレターの封筒のあて先を見ると『幸福ノ森 ユニ子様』と書いてある。
これなんて読むんだ?
普通に読めば『こうふくのもり』だが……。
というかどこかで見た覚えがある名前だな。
名前も可愛すぎんだろとか思っているとドアがガチャっと開きソラが姿を見せる。
「どうじゃった? 何かあった、ってなんじゃこの部屋!」
あまりのプリティーさにさすがのソラも驚きを隠せない。
そこは個人の趣味嗜好だから他人がとやかく言わないでやろうぜ。
「いや特にこれといったものはないな。普通の……ちょっと可愛い寄りの普通の部屋だということしか分からん」
「こっちもじゃ。探しに探したが特段変わったものなどない。さてはまた無駄足か!?」
勝手に家に押しかけられて無駄足と言われる萌えの神様の哀れさよ。
まあそれなら早く帰ってあげた方がいいだろう。
今更早く帰ったところで罪の大きさはたいして変わらないと思うが。
「帰るんなら萌えの神様解放してあげてから帰ろうぜ。さすがにあのままだとかわいそん!?」
突然ソラに口を押さえられてしまったので息が詰まりそうになる。
「何すんだよ!」
「しっ! 誰か来るぞ」
声を殺して部屋の中に身を隠すソラ。
ソラの真剣な表情を見ていると、どうやら息苦しかったことを責めている場合ではないことがなんとなく察せたので、俺も声のトーンを落として尋ねる。
「萌えの神様が拘束から抜け出したってことか?」
「いや違う。別の誰かじゃ」
別の誰か? 他の侵入者ってことか?
しかもここは神の力がないと入れない場所。
つまりその第三者も神様ということになる。
一体誰だ?
廊下に響く足音が耳に届く。
そしてリビングのドアの前でそれが止まったかと思えば直後、ドアが開かれた。
「ただいまです~! お待たせしてごめんなさい、って何ですかこれ~!?」
今にもこぼれ落ちそうなフリッフリのフリルのついた白のワンピースに白とピンクの小さな手提げポーチ。
そしてピンクの長く滑らかな髪に頭にちょこんと乗ったリボン。
体形はそこまで大人びておらず、身長は大体140cm前半ほど。
さっきのクローゼットにかかっていた服が似合いそうな女の子がそこにいた。
「え? ど、どういうことですか!?」
大いに混乱している様子の女の子。
「き、筋肉の神様! どうしたんですかそれ! なんでそんなことに!」
そういって萌えの神様に近寄る女の子。
ん? 筋肉の神様?
俺は一旦落ち着いて考えてみる。
じゃあ、本当の萌えの神様って……。
俺が真実に行きついたのとほぼ同時にソラも同じことを思ったのだろう。
臆することなく本当の萌えの神様に話しかける。
「おぬしが本当の萌えの神か?」
「だだだ誰ですかあなたたち!? だ、誰か! ふ、不審者です~! 怖いです~!!!」
なんかさっきも似たようなセリフを聞いた気がする。
「少し話を聞かせてもらうのじゃ。おとなしくしておればそやつみたいにはならん」
だがそんな高圧的な物言いではもちろん萌えの神様は話してはくれない。
「き、筋肉の神様にひどいことするような不審者さんなんかに話すことは何もありません! さっさとおうちに帰ってください!」
恐怖におびえながらも自分より大きな動物と勇敢に対峙する子犬のように全身真っ黒の不審者に立ち向かう萌えの神様。
というか今、顔見て分かったんだがこの人、じゃないこの神様なぜかは知らないが見たことあるような気がする。
つい最近見たような気がするが……と思い出そうとしていると萌えの神様はスッとスマホをポーチから取り出し何かを打ち込んでいる。
「……もしもし警察ですか? 今、家の中に知らない人が――」
さっきよりワントーン低い声で普通に警察に電話し始めた。
まあ当たり前だし、ここ電波届いてんのな……ってそんなこと言ってる場合じゃねえ!
これ以上怒られるのは嫌だ!
「おぬしなにやっとるんじゃぁぁ!!! 没収!」
俺よりも早くソラが萌えの神様からスマホを取って電話を切る。
「あ! 返してください! 私の携帯~!!!」
ソラから携帯を取り返そうとぴょんぴょん飛び跳ねている萌えの神様。
「今のうちじゃ! 早く縛るのじゃ!」
再度ソラは俺に厄介な役を押し付けてきた。
「こんな女の子にガムテープ巻くなんて断固拒否――」
「腹に穴が開くくらいデカいひょう降らせるぞ?」
「……やればいいんだろ!?」
萌えの神様に近づくと萌えの神様の表情が一気に恐怖に染まる。
「な、何するんですか?」
「すみません。体にガムテープ巻かせていただきますね? おとなしくしていただけると助かります」
「丁寧に言われても困ります……」
本当にその通りだと思うが、その気持ちを押さえて俺は折れそうなほど華奢な体にガムテープを巻きつけていった。




