第12話 『私のヒーロー』
「何勝手に話しているんだぁ? 京子は僕の妻だぞ!?」
「お前、寄ってたかって女の子一人泣かせてカッコ悪いとは思わないのか?」
「うるっさいぃ! 夫婦なんだ、こういうことだってあるだろうぅ!?」
「まだ結婚もしてないのに気が早いな。それに京子はお前と結婚なんかしたくなさそうだが?」
激高する小太りの男と対照的な冷静な武夫。
「そんなことはないよぉ。僕らは互いに愛し合っているんだ。そうだろう、京子?」
「……」
「京子? ねえ、京子?」
「……」
京子は口を開かない。
お前なんかに返す言葉などない、とでもいう風に。
その様子を見て、武夫は肩をすくめた。
「誰が愛し合っているって?」
「きぃぃぃぃ!!!」
京子が黙りこむ姿を見てさらに怒りをあらわにしていく小太りの男。
「まあ分かり切っていたことだがそうだろうな。親騙した奴なんかと愛し合えるわけないだろ」
「黙れ黙れ黙れぇぇ! 僕らは愛し合っているんだ! 永遠の愛を誓いあっているんだあああ!!! それに京子の両親を騙してなんかいない! 絶対にねええ!!!」
よほどの自信があるのか、自分は京子を騙していないと声高に主張する小太りの男。
すると武夫はスッと胸ポケットから音声レコーダーを取り出す。
「これ聞いてもそのセリフが言えるか?」
そして再生ボタンを押すと、
『あっはっはっは。これで奈良の会社は終わり。ご苦労だった。あとはあの会社が負債まみれになったところであそこのかわい~い娘を頂く。ふふっ。あははっ! 笑いが止まらないよう!!!』
場に一瞬、静寂が訪れる。
それを聞いた小太りの男は先ほどとは打って変わって落ち着いた声で、
「……どうしてそれを?」
「あんたと取引してた奴が録音してたんでな。そいつから取っちめてやった」
「そうか……。そうだったのか……」
諦めたように天を仰ぐ小太りの男。そして、
「こいつをぶっ殺せえええぇぇぇぇぇ!!!!!」
大声でボディーガード達にそう命令した。
「そうなると思ってたけどな」
が、武夫は至って冷静である。次々と襲い掛かってくるボディーガード達の攻撃を避けつつ一撃でボディーガード達を沈めていく。
一人、また一人。
次々とうめき声を上げながらボディーガード達は床に這いつくばっては気を失っていく。
圧倒的な差。先ほどまで一人対数十人だったのが今では十人ほどになってしまっている。
「坊ちゃま! あいつ強すぎます! とても武器なしでやつを始末するのは……許可をお出しください!」
ボディーガードの一人が小太りの男にそう言う。その間にも二人ほど武夫に吹っ飛ばされている。
「もういい! 銃でもなんでもぶっ放せ! とにかく殺せぇ! 絶対にだ!」
「じゅう……銃? え? ちょ……ちょっと待って……」
ここで武夫とボディーガードの戦いに気をとられてしまっていた京子が銃という言葉を聞いて我に返り小太りの男に詰め寄る。
「ちょっと待って! 銃を使うなんてあんまりです!」
「うるさぁぁい! あんな証拠握られた以上殺すしかないんだよぉぉ!! 黙って見ていろぉ!!!」
「きゃ!」
そうして京子は小太りの男に薙ぎ払われてしまい転倒してしまう。
まさか銃まで出してくるとは思ってもいなかったのだろう。
京子の顔は焦りと恐怖に染められている。
なんとかそれだけは、武夫に銃口が向けられるのだけは阻止せねば! そう思い動き出そうとしたその瞬間。
バァン! という銃声が倉庫の中に響き渡る。
ボディガード達が一斉に発砲したのだ。
京子は絶望する。
いくらここまで圧倒していた武夫でも銃を向けられてしまえば勝ち目はないのではないかと。
自分を助けに来たがために命を落としてしまうことになるのではないかと。
そして、まだ彼に伝えきれていない思いがあるのにそれを伝えられなくなってしまうのではないかと。
京子は顔を覆った。
もう何も見たくない。
彼の、武夫の無残な姿を見るくらいなら死んでしまった方がマシだ。
怒りとも憎しみとも悲しみとも言い切れない知らない感情が心を埋め尽くす。
わたしは……どうすれば……
が、ドゴオオン!という爆発音が絶望からの目覚まし時計のように京子の鼓膜を揺らす。
爆発の衝撃で倒れてきたのだろうか、いくつもの高さ三メートルほどの鉄パイプがボディガード達を襲う。
「ギャアアア!!!」
「防弾チョッキ着てんだよな!」
何が起こっているのか分からず混乱する京子。
どうやら武夫が仕掛けた爆弾が爆発し鉄パイプが銃を構えるボディガード達に襲い掛かったようだ。
武夫は防弾チョッキを着ていたため無傷だったらしい。
「うそだぁ! 僕の優秀なボディガード達が!!!」
声のする方を見ると京子の隣に尻餅をつく小太りの男が目に映った。
その顔には恐怖と焦りがはっきりと表れている。
「やめっ、やめてくれえ! 殺さないでくれええ!」
武夫が無傷でその男を見下ろす。
「そっちは俺を殺しにきといて殺さないでくれ? 随分虫がいい話だな」
「すみませんっ! もうしません! 何でもするから見逃してくれぇ!!!」
小太りの男は後ずさりし壁際まで追いつめられる。
「何でも? 何でもしてくれるのか?」
「は、はいぃぃ! 何でも、なんでもします!」
「じゃあ……」
そうして少し考えこんだ武夫は、
「もう二度と京子に近づくな。このクズが」
そう言って小太りの男の鳩尾に一発を食らわせる……素振りをする。
すると小太りの男は自分が殴られたと勘違いをし泡を吹きながら気絶した。
「ふう……」
武夫は一つ息を吐く。
そしてくるっと京子の方に向き直り優しい笑顔で、
「さあ、京子。行こうか」
手を差し伸べる。
「……」
安堵、喜び、そして感謝。
すべてを彼に伝えたい。彼に伝わってほしい、この気持ちを。
だが、今この気持ちを一言で表す言葉を京子は持っていない。
だから京子はその手を掴みこう言うのだ。
「はい」




