「ほ、本日は、お日柄(ひがら)も良く」
「すみません、おばさん。ワガママを聞いてもらって」
「いいのよぉ、どうせ営業は午後からだもの。うちの娘と二人で銭湯に入るくらい、いつでもどうぞ」
春休みの初日、午前中から私の家に来た小春ちゃんが、母に頭を下げる。母が浴場の清掃を終えて(私も少し、手伝った。桶やイスを洗うのって結構、重くて大変なんだよね)、笑いながら引っ込んでいった。母は無料でいいって言ってたんだけど、小春ちゃんは律儀に料金を払っている。私は払っていない。て言うか、実家の銭湯にお金を払ってまで入る気はないので。
「まだ、わかってないんだけどさ。私と小春ちゃんの二人きりで、うちの銭湯に、営業前の時間に入るのよね。それがどうして私の特訓になるの?」
脱衣所で服を脱ぎながら、私は小春ちゃんに尋ねる。そう言えば小春ちゃんと一緒に、銭湯に入るのって初めてだなぁ。小さい頃は小春ちゃんの家に遊びに行って、そこでお風呂に入ったことはあったけど。
「簡単な理屈よ。貴女は番台から、外国人の女性が裸でいるのを見ると、邪念が湧いちゃうんでしょう? なら番台で、私の裸を頭の中で思い出せば、そんな邪念も去っていくわ」
……あー、そういう解決法なんだ。理屈としては合っている、のかな? 心の中に女神さまがいれば、外からの煩悩に苦しめられることもないと。そういうものかもしれない。
「それは……どうも、ありがとう。でも、いいの? こう言っちゃ何だけど、そのためには小春ちゃんの身体が私の目というか心に焼き付くまで、じーっと見続ける必要があると思うんだけど。それって恥ずかしくはない?」
「……は、恥ずかしくなんかないわ。大丈夫よ」
恥ずかしいんだろうなぁ、というのが丸わかりなくらい、小春ちゃんの白い肌がピンク色に染まっている。そう言えば彼女は、たぶん一回も我が家の銭湯を利用したことがないんじゃないかな。それは自分の裸を見られたくないからだろうし、そういう性格の小春ちゃんが、こういう特訓を申し出てくれたことが私には意外だったんだけれど。
「ほら、二人きりの時間がもったいないわ。早く入るわよ」
服を脱いでロッカーに押し込むと、幼馴染の彼女は一糸まとわぬ姿で先に洗い場へと入っていった。私と目を合わせられないみたいで、急いで歩く小ぶりのお尻が可愛らしい。同級生の裸をじっくり見る機会なんかないけど、久しぶりに見た小春ちゃんの身体は子どもの頃より良く育っていた。
「そうだね、貸し切り状態の銭湯なんて私も初めてだし。久しぶりにお風呂で、いっぱい話そうよ」
実家が銭湯だからか、私は温泉の大浴場などで裸を見られることに抵抗がない。小春ちゃんとの入浴が久しぶりで、昔に戻ったみたいだなぁと高揚した気分でロッカーに服を入れて、私も幼馴染の後へと続いた。
「ほ、本日は、お日柄も良く」
洗い場で私たちはイスに座り、隣り合っている。小春ちゃんは緊張した様子で、お見合いみたいなことを言ってきた。お日柄ってなんだっけ、天候かな?
「そうだねー、今日は良く晴れてるし。春休みの初日がこうだと、幸先がいいね」
桶にお湯を入れて、私たちは自分の身体を洗い出す。小春ちゃんは身体を見られるのが恥ずかしいみたいだけど、それはそれとして、私の身体をちらちらと見てきている。そんなに盗み見なくても、正面から見ればいいのに。
「小春ちゃん。髪、洗ってあげるよ。そうしながら身体を見ててもいいよね? これは特訓なんだから」
私が彼女の背後へ回る。「ひえっ!?」と身を竦ませながら、それでも小春ちゃんは無抵抗でいた。抵抗したら、私の特訓にならないもんね。
「そ、そうよね。私が言い出した、貴女の特訓だものね。どうか、お手柔らかに……」
固く目を閉じて、ちょっと震えながら彼女が私に身を任せる。洗い場の壁には鏡があって、私からは彼女の背面が直接、見えるし正面の姿も鏡で見えた。無防備な少女を自由にできるという、新鮮な感覚があって、ちょっと楽しい。番台から銭湯の客を見るのとは違った体験で、私は彼女の身体を隅々まで凝視しながら、髪を洗い終えた。
「はい、おしまい。次は小春ちゃんが、私の髪を洗ってよ。嫌ならいいけど」
そう言って、今度は私がイスに座って目を閉じる。こうすれば小春ちゃんは、さっきの私と同様に、隅々まで裸身を鑑賞できるはずだ。背後で彼女が、唾を飲み込む気配があって面白かった。