私は何か、やらかしてしまったんでしょうか?
私は実家が銭湯で、その銭湯を将来は継ごうと思っている女子高生である。勉強、嫌いなんでねー。昔から少しずつ手伝いはしていて。近所のお爺ちゃんやお婆ちゃんが笑顔になる、家の仕事は好きだし私に合っていると思うのである。
「いいことじゃない。家の仕事が好きで、貴女に合ってて後を継ぎたいんでしょう? それなのに、なんで悩んでるのよ?」
春休みに入る、少し前の時期、クラスメートの小春ちゃんが放課後の教室でそう言ってきた。幼馴染の彼女は昔から、ちょっとした私の悩みやグチを聞いてくれる、とてもありがたい存在なのだ。
「なになにー? また小春が、嫁の相談相手になってるのー?」
近くにいたクラスメート女子が、何人か面白がって寄ってくる。『嫁』というのは私のアダ名で、小春ちゃんはクラスの中で、私の夫みたいな扱いとなっていた。頭が悪い私なんかの夫では可哀想だと思うのだが、小春ちゃんの方は常に涼しい顔で過ごしている。
私は自分の席に座っていて、小春ちゃんは前の席の椅子を借りて、後ろ向きにこちらの方へ座っていた。背もたれに手を乗せて、大きく足を開いて座る姿が煽情的だ。クラスの男子は立ち入りできない、女子の集団が醸し出す独特の空間がそこには発生している。
「うーん、なんて言えばいいのか……。ちょっと、悩みって言っていいのかも、はっきりしないような問題なんだよね……」
「あ、ひょっとして、実家の銭湯が経営不振だとか? 少子化で将来の日本は大変とか、テレビで見たことある!」
はっきりしない態度の私に、クラスメート女子の一人が当てずっぽうで言ってくる。ちょっとハイテンションなのは、クイズ番組の回答者みたいなノリなのかな。
「ぶぶー、不正解です。最近は経営も安定してるのよね。なんだか外国人のお客さんも増えてきたし」
「へー、そうなんだ。貴女の家の銭湯、しっかりした施設だものねー」
都内では去年の十月から、国内や海外の旅行者に向けた、銭湯のアピールが行われて。どこかの組合さんが、観光情報センターなどで銭湯の割引入浴クーポンを配ったらしい。とにかく銭湯を経験してもらうことで、リピーターとなってもらうのが狙いである。
「円安? だからなのかな。海外の旅行者が来てくれてて。で、そういう旅行者が来るときって、団体のことが多いのよ。やっぱり一人じゃ恥ずかしいんだろうね」
「言葉は? 日本語なんか話せないんじゃないの?」
「大丈夫、今は携帯できる翻訳機をみんな持ってきてるから。特に困ったことはないわ」
そう、たまに私も番台で、お客さんの相手をしているのだけど。幸運なことに、いいお客さんばかりで、具体的な問題なんかはないのだ。あるとすれば問題は、私の内面にあるのである。
「あ、私わかっちゃったかも。問題は、外国の若い観光客なんでしょ?」
女子の一人が、にやりと笑って私に告げる。ああ、わかられてしまったのだろうか。
「わからないわ。どういうことよ?」
小春ちゃんが不満げに、クラスメートに尋ねている。幼馴染の自分が、私の悩みを理解できないことが悔しいようだ。
「だからさ、これまでは近所のご老人が、お得意さまの客だったんでしょ。そこに急に、若い外国人さんたちが裸で来るわけでしょ? ──身体が気になるんじゃない?」
「……お察しのとおりです」
警察の取り調べに完落ちした容疑者のように、がっくりと私は項垂れる。あー、なんだか恥ずかしい。
いや、男性客は別にいいのだ。特に興味もないし。仮に私が異性の裸を凝視していたら、性犯罪者みたいなものではないか。だから無視しているので、なんの問題もない。
だけどねぇ。同性のお姉さんたちは、そうはいかない。若い外国人の方は、色々と身体が発達していて、どうしても目が行ってしまう。そして向こうも、同性だからか番台の私に、フレンドリーに裸で接してくるのである。その無邪気さに、なんだか私は疚しさを感じてしまう。
「いいじゃないの、別に。素敵な裸があって、それに照れてるんでしょ。それは慣れないと、家業なんか継げないわよ」
「うん、わかってる。わかってるんだけどねー……」
これは、ちょっと話せないけど。たぶん私は、外国の人や年上の女性に憧れがあるのだ。昔から洋画や海外ドラマに出てくる、女優さんを見ては格好いいなぁと思っていて。だから、もしも悪い大人の女性客が、番台の私を口説いてきたら……拒絶できないかもしれない。ムードに流されそうな私がいて、どうしたものかと思う次第だ。
「なによ、それ。そんなに外国の人の、身体がいいの?」
ふと正面を見ると、なんだか瞳に炎を燃やして、小春ちゃんが私に視線を向けている。よくわからないけど、どうやら私は幼馴染に火をつけてしまったようだった。
「あー、これは嫁が悪いわ」、「夫の前で、他のお相手の話をしたら、ねぇ」、「巻き込まれたくないから私たちは帰るねー。じゃ、あとは二人で話して」
巻き添えを恐れたのか、皆が教室から去っていく。後には私と、変わらず前の席に座っている小春ちゃんだけが残った。というか、まだ理由がわからないんだけど、なんだか小春ちゃんは怒ってるような。私は何か、やらかしてしまったんでしょうか?
「えーっと……小春、さん?」
いつもは『小春ちゃん』と呼んでいる幼馴染に、呼びかけてみる。その小春ちゃんは、すっくと椅子から立ちあがると、びっ!と擬音が付きそうな勢いで私を指で差してきた。
「未熟よ! 貴女、つまりは未熟なんだわ!」
そう小春ちゃんが言ってくる。未熟って、プロポーションのことだろうか。そうかなぁ、むしろ胸とかは彼女より私の方が大きいんだけど。ちっとも事態が分からないでいると、更に小春ちゃんが続けてきた。
「これは特訓が必要ね。もうすぐ春休みが始まるから、ちょうどいいわ。私と一緒に、お風呂に入りましょう!」
ボクシングのトレーナーみたいなことを言われている。最近、昔の『ロッキー』って映画をネットで観たけど面白かったなぁ。あの映画、小春ちゃんも観たのかなと思って、そもそもがお風呂に入る特訓って何なんだろうと私は呆けていた。