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第9話 お誘い


 翌日の朝、私はまたクラージュ様と共に王宮へ来ていた。

 王族たちやたくさんの使用人、護衛騎士たちがみんなマリアンヌ様を見送るために集まっている。

 クラージュ様も騎士団の制服を着ていた。


 昨日の賑やかな雰囲気とは違い、少し緊張感がある。

 そんな中、クラージュ様に促され、大きな儀装馬車に乗ったマリアンヌ様のところへ行く。


 窓から顔を出すマリアンヌ様は私に気づき、嬉しそうな表情を向けてくれる。


「アネシスさん、来てくれたのね。良かったわ」

「私も、最後にマリアンヌ様にお会いできて良かったです」

「最後だなんて言わないで。いつかまた会いましょう。私、もっとあなたと話したいことも、やりたいこともあるのよ」

「はい、ありがとうございます。ぜひまた」

「それと――」


 マリアンヌ様はにこりと微笑み、小さく手招きする。どうしたのだろうと顔を寄せると、私の耳元で囁いた。


「あなたとクラージュ、とてもお似合いよ。これからもずっとクラージュのことよろしくね」

「えっ……」


 それだけ言うと御者に合図をする。

 

「では出発いたします」


 ゆっくり馬車が動き出し、マリアンヌ様は窓から手を振る。

 その表情はその場にいる全員が見惚れるほど凛々しかった。


「行ってらっしゃいませ!」

「マリアンヌ様! どうかお幸せに!」


 みんな少し寂しそうに、それでも笑顔で送り出す。


「マリアンヌ、お前は絶対幸せになれる」

「ありがとうクラージュ。あなたもね」


 通り過ぎるその瞬間だけ、二人は言葉を交わしていた。

 

 たった二日、すごくすごく短い時間だったけれど、マリアンヌ様のことが好きになった。

 美しくて穏やかで、聡明なお方だ。私のような身分の者でも分け隔てなく接してくれる。

 そして、この国のために嫁いで行かれる立派なお方だ。


 この国の人たちはそんなマリアンヌ様のことが好きだし、誇りに思っているだろう。

 もちろんクラージュ様も。


「行ってしまわれましたね」

「ああ。心配しなくても、いくら敵国だったとはいえ妻に迎えた者を無下にはしないだろう」


 その後、馬車が見えなくなるまで見送った。

 見送りに集まっていた人たちも馬車が見えなくなるとそれぞれ戻って行く。


「私たちも行きましょうか」

「アネシス、もし良かったら次の休み、一緒に出かけないか」


 歩き出そうとした時、唐突に言われた。


 おでかけ? それってまさかデート?!

 急なお誘いに驚いて、パッと顔を見上げる。


 今まで食堂やベンチで一緒に過ごすことはあったが、おでかけなんてしたことはなかった。

 男性とデートすること自体初めてだ。

 クラージュ様とデートだなんて嬉しい。


「はい。よろこんで!」

「良かった。大事な話があるんだ。また家まで迎えに行く」


 大事な、話?


 ……ああ、何を浮かれていたんだ。

 私の婚約の話も落ち着き、舞踏会も終わった。

 もう私たちが婚約を続ける理由なんてない。

 きっと、その時に婚約破棄を告げられるんだ。大事な話とはそのことだろう。


「わかりました。よろしくお願いします……」


 はじめに返事をした時よりも随分と小さな声になってしまった。


 あれ? 私、どうしてこんなにショックを受けているんだろう。

 どうしておでかけのお誘いにあんなに浮かれてしまったんだろう。


 クラージュ様と婚約者として過ごした時間がとても楽しかった。

 期間限定の仮の婚約だとわかっていたはずなのに、もうすぐ終わるのだと思うと無性に胸が苦しくなった。


 ◇ ◇ ◇


 数日後、約束の日がやってきた。

 迎えに来てくれたクラージュ様は当たり前だけれど私服姿だった。

 いつもの騎士団の制服でもなく、舞踏会の時の正装でもない、パンツにシャツというラフな格好だ。

 それでも、上品さと高貴さが滲み出ている。

 一方で私はいつもの若草色のワンピースだ。髪だけはちゃんと梳かしてハーフアップで纏めておいたが、それだけでクラージュ様と並んで遜色ない女性になれるわけでもない。

 

 なんだか少し恥ずかしかったけれど、今そんなことを考えても仕方ない。

 私は手を引かれ馬車に乗った。


「今日は、街へ行こうと思うんだが、いいか?」

「はい。街へ出るのは久しぶりなので楽しみです」


 楽しみなのは本当だ。

 クラージュ様とおでかけできることがすごく嬉しい。

 でも、いつ婚約破棄を告げられるのか、まるで怯えにも似た感情が私の心の中にあった。


 馬車に揺られながら、今ここで言われたらどうしよう、おでかけ楽しめるかな、なんて消極的なことばかり考えてしまう。


 不安になりながら、向かいに座るクラージュ様を見る。

 足を組み、窓の外を眺めていたクラージュ様だったが、私の視線に気づいたのかこちらを見る。

 目が合うとふわりと微笑んでくれた。


「今日の髪型、似合ってる」

「あ、ありがとうございます」

「顔がよく見えていいな」

「はい……そう言ってもらえて良かったです」


 褒めてくれるなんて思っていなかった。

 

 婚約を結んでから、クラージュ様の印象が少しずつ変わってきている。

 以前は、いつも真面目な表情をしてあまり笑わない、硬派なお方だと思っていた。

 けれど、本当は感情豊かで、可愛らしい一面もある。

 感情を表に出すのは苦手なのかもしれないけれど、ちゃんと伝えようとしてくれる。

 

 一緒にベンチに座って昼食を食べる時も、ドレスを贈ってくれた時も、ダンスを踊った時も、私は楽しかった。

 それは、クラージュ様が私を楽しませてくれていたからなんだ。

 

 余計なことを考えて楽しめないなんてもったいない。

 婚約破棄を告げられるその瞬間まで、婚約者としての私を楽しもう。


 そう決めて、私も目いっぱい微笑み返した。


 数ある作品の中からこのお話をお読みいただきありがとうございます。

 

 フォロー&レビュー☆☆☆☆☆いただけますと大変励みになります。


 どうぞよろしくお願いいたします。

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