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第31話 私のために

 ガチャリ、という音で目が覚めた。


 膝を抱え座り込んだまま、いつの間にか眠ってしまったみたいだ。

 こんな状況でも眠ってしまえるなんてけっこう図太いのかもしれない。なんて思ったりもしたけれど目の前に立つ鋭い瞳の騎士を見て、体が震える。

 見たことのない騎士だ。制服もクラージュ様たちが着ている白いものとは違い、黒い色をしている。


「アネシス・マドリーノ、今からお前を尋問牢へ護送する」


 黒い騎士は私の腕を掴み立ち上がらせる。そして目隠しをされた。


「や、やめてください!」

「おとなしくしないとここで命を落とすことになるぞ」

「っ……」


 首筋に触れた冷たい感覚に、抵抗することができなくなった。

 私は本当に何もしていないのに。

 真っ暗な視界のまま腕を引かれ、馬車らしきものに乗せられた。

 時折王都を走る護送馬車を見かけることがあったけど、まさか私が連れて行かれることになるなんて。

 

 縛られた両手はずっと掴まれたままだ。一度も離されていないのであの黒い騎士だろう。

 もう、随分と走っている気がする。そう感じるだけなのかもしれないけれど。

 ガタガタと馬車が揺れる振動だけが体に伝わる。

 怖い。これから私はどうなってしまうのだろう。

 もう、クラージュ様やみんなと会うこともなく死んでいくのだろうか――。


 目を覆う布が滲んでいくのを感じたとき、馬車が大きく揺れ、そして止まった。


「降りるぞ」


 黒い騎士に腕を引かれ、そのまま馬車を降りる。

 少し歩いて立ち止まると、分厚い扉が開く鈍い音がした。

 ここが、尋問牢なのだろうか。これで私はもう本当に……。


 その時、馬が地を踏み駆ける音が聞こえてきた。そしてすぐ近くで止まると、一番会いたかった人の声がした。


「アネシス、大丈夫か!」

「クラージュ様……っ」


 助けに来てくれたんだ。

 その声に安堵する中、不穏な金属音が聞こえた。

 剣を、抜いた……?


「クラージュ・ヴァルディ騎士団長、ここへ何しにきた? 婚約者を助けるために罪を犯すつもりか?」

「勘違いしないでほしい。犯人は彼女ではなく第二王女だった。証拠も見つかりすでに王宮内で拘束されている」


 第二王女!? やはり、ロジーナ様が!?


「なんだと? どういうことだ?」

「詳しい説明はする。だが先にアネシスを解放してくれ」

「……いや、ダメだ。この件は俺たちに一任されている。罪人を解放することはできない」

「彼女は罪人ではないと言ってるだろう!」

「それ以上近づくなら、俺も職務を全うする」

「そうか、なら仕方ないな」


 掴まれていた手は離され、次の瞬間、激しく剣のぶつかり合う音が聞こえてきた。


「なぜ罪人を放免しようとする! 騎士としての正義はないのか!」

「罪のない人間を捕えることが正義ではない!」

「婚約者をかばっているだけだろう。身内はみなそう言う」

「犯人は第二王女だっ! 証拠だってある! ここで争う気はないんだ」


 目隠しで何も見えないなか、剣の音と言い争う声が聞こえる。


「何を言われようと俺は引くつもりはない」

「だったらこちらも容赦はしないっ」


 次の瞬間、一際大きな剣戟の音がした。


 一時静寂に包まれ、ふっと視界が明るくなる。

 目隠しが外され、目の前はクラージュ様がいた。


「アネシス、遅くなってすまない」

「クラージュ様……」


 思わず抱き着いた。涙が溢れ、手が震えている。怖かった。クラージュ様の温もりに安心して力が抜ける。

 そんな私を支え、抱きしめてくれる。


 そこは見たこともない深い森の中で、山に沿うように鉄でできた建物があった。

 すぐ近くではキース様が黒い騎士を取り押さえていた。馬車のすぐ横には御者らしき騎士も拘束されている。

 キース様も来てくれていたんだ。

 

「アネシスちゃん、怖かったでしょ。ごめんね」


 それから二人は冷静な口調でロジーナ様が拘束された経緯を説明してくれた。

 私をいち早く助けるために急いできてくれたことも。


「第二王女が毒を入手した経路や王太子の食事に毒を混入した方法も既に確認された。手荒な真似をしてすまない」

「……いや、こちらこそ悪かった」


 クラージュ様の言葉を信じたのか騎士は大人しくなる。

 この人は本当にただ罪人を許せないだけなのだろう。


「尋問牢の番人と言われるあなたには、これから重要な仕事があるからね」


 キース様は騎士を解放し、御者の拘束を解くと、王宮へ向かうよう指示をした。


「アネシス、戻ろう」

「はい」


 私はクラージュ様の馬に乗せてもらうことになった。

 後ろから包み込まれる体勢に、伝わってくる体温に、これまでの緊張がほぐれていく。


「どこか、怪我はしていないか?」

「大丈夫です。少し腕が痛むくらいで」


 ずっと縛られていたので両手は擦り切れ血が滲んでいる。

 その傷をちらりと覗いたクラージュ様は、表情は見えていないのに声色からとても申し訳なさそうにしているのがわかる。


「助けるのが遅くなって本当にすまなかった」

「いえ……。私のこと、信じてくださったのですね」

「当たり前だろう。アネシスが王太子毒殺なんてするはずがないことはわかっている。だが、証拠を見つけるのに少し時間がかかってしまった」


 私を助けるためにずっと証拠を探してくれていたのだろうか。

 きっと、心配もかけたに違いない。


「私のためにありがとうございました。それと、先ほど言っていましたが、犯人はやはりロジーナ様なのですね」

「気づいていたのか。ロジーナは俺の婚約者であるアネシスに罪を着せ、排除しようとしていたのだろう」

「どうやって、証拠を見つけたのですか?」

「それは、アネシスの優しさだよ」

「私の優しさ……ですか?」

「王太子のスープにだけは、パセリではなくディルを入れていただろう。ロジーナはそれを知らずにパセリに毒をつけて王太子のお皿に入れたんだ」


 毒は、闇商人からロジーナ様本人が入手したそうだ。

 フレドリックさんが、懇意にしている商人たちから情報を集め、闇商人を突き止めてくれたらしい。


「皆さん、私のために……」

「それだけアネシスがみんなから好かれているということだよ。ロジーナも既に拘束されているし、もう大丈夫だ」

「あの……本当に、大丈夫でしょうか」

「なにかあるのか?」

「ロジーナ様は私に、王太子は死ねば良かったとおっしゃいました。もし、本当に王太子の命を狙っているとしたら……拘束されているのなら、心配することはないと思いますが」

「わからないな。だが、油断しないほうがいいかもしれない。とにかく急いで帰ろう」


 クラージュ様はスピードをあげた。森の中を颯爽と駆ける。

 私もしっかりと掴まり、身を任せた。


 ロジーナ様が、クラージュ様の婚約者である私を気に入らないことは仕方ないと思っていた。

 けれど、王太子を毒殺し、その罪を私に着せようとしていたなんていくらなんでも許せない。

 でも、どうしてそこまでするのだろう。私が気に入らないのなら私に手をかければいいだけなのに。

 王太子が亡くなることで、なにかロジーナ様にとって都合のいいことがあるのだろうか。

 もうこれ以上なにも起こらなければいいけれど――。

 


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