第30話 助けたい
いったい、何が起こっているんだ?!
アネシスが王太子を毒殺だなんてあるわけがない。
俺はその状況に苛立ちを覚えながらも、国王陛下の護衛という任務上その場を離れることができずアネシスを拘束しにいく衛兵をただ見ていることしかできなかった――。
今日は国王陛下の護衛任務についていた。
といっても催事があるわけではないので常にそばに控え、何かあればすぐに動けるように待機している通常任務だ。
昼食時、いつものように食事をする王族たちのそばに立ち控えていた。
和やかな雰囲気の中運ばれてくる料理。
同じ王宮内にいても顔を合わせることはないが、アネシスが作った料理だと思うと自然と頬が緩んだ。
「あら、エドワードお兄様ソースがついていますわよ」
ロジーナがナプキンでエドワード王太子の口元をトントンと拭く。
「ああ、ありがとう。でも自分で拭けるから次から言ってくれ」
ロジーナと王太子は表面上の付き合いだけで、実際仲は良くないため少し驚いたがそのまま食事は続けられた。
すると突然、王太子が激しく咳き込み、血を吐いた。
「毒よ! エドワードお兄様のスープに毒が入っているわ!」
「なに! 早く医務官を呼べ!」
王太子の隣に座るロジーナも立ち上がりスープを指さす。国王陛下は急いで指示を出す。
その場にいた全員がざわつきはじめる。
すぐに解毒剤を飲んだ王太子だったが、意識はなく医務室へと運ばれた。
王族に出される食事は全て直前に毒味を行う。
先ほど毒味をした時には何も問題ないと言っていたし、現にその毒味役の侍女はなんともない。
どうして、王太子は毒を飲んでしまったんだ。
「このスープはだれが注いだの?!」
「そのスープはアネシスさんが……」
給仕がアネシスの名前をあげる。
「まあ! あの新人の女?! まさか王宮にきたのはエドワードお兄様を毒殺するためだったの?! 早くあの女を捕まえて!」
ロジーナはその場にいる誰よりも大げさに、それでいてどこか冷静に状況を把握しているようだった。
騒然とする昼食の場で、料理人を拘束しろと声をあげる国王陛下にバタバタと動き出す衛兵たち。
アネシスが毒殺なんてするはずがない! 何かがおかしい。だが、そんな声をあげることもできず国王陛下のそばから離れることもできず、俺はただ拳を握りしめていた。
昼食は中止になり、調査が行われることになった。
アネシスはすでに地下牢に入れられているという。
心配だ。一人冷たい地下牢で心細い思いをしているだろう。不安で泣いていないだろうか。早く、助け出さなければ。
そのためには本当の犯人を突き止め、証拠を抑える必要がある。
といっても、犯人のめどはついている。
王太子毒殺未遂があったというのに薄っすらと笑みを浮かべ、怒りを露わにしている国王陛下と怯えた様子の使用人たちを傍観しているロジーナ。
『彼女ならすぐにいなくなるわよ』その言葉にアネシスになにか危害を加えるのではと気を張っていたが、王太子毒殺未遂の罪をきせようとしていたのかもしれない。
だが、ロジーナがやったという証拠もない。
「どうして毒味の時に気づかなかったのだ」
「申し訳ありません! 毒はスープそのものに入っていたわけではなく、パセリについていたようです。それも、入っているパセリ全てに毒がついているわけではなく、私が毒味をしたところにはついていなかったのかもしれません」
毒味をした侍女は深く頭を下げながら見解を述べている。
王太子は医務室へ運ばれたあと、意識を取り戻し一命はとりとめた。
だが、いくら未遂だったとはいえ、王太子の食事に毒が入ったものが提供されるなどあってはいけないことだ。
その後、アネシスの手荷物から毒の入った小瓶が見つかった。その毒をパセリにつけ、毒殺を図ったようだと調査報告が上がったのだ。
「毒味をすり抜けるために少量のパセリに毒をつけておくなんて随分と知恵がまわるのね。お父様、また何か起こさないうちに尋問牢へ連れて行きましょう」
「そうだな、それがいいだろう」
尋問牢だと! あそこは尋問とは名ばかりの拷問場だ。罪の重い罪人を話を聞くと言って連れていき、手ひどい拷問で口を割らせる場所。罪を認めなければ拷問は酷くなりその場で命を落とすこともある。あまりに酷い拷問に無実の罪を自白する者も多い。だが、自白したとしても処刑が決まるだけだ。どちらにせよ死は免れない。
アネシスが犯人だと決めてかかっている発言に怒りと嫌悪感を抱く。
アネシスが毒殺など企てるはずがない。
毒を持っていたからといって、彼女が毒を入れた証拠にはならないはずだ。
「待ってください。もう少し検証を重ねたほうがいいと思います。まだ彼女が毒を入れたと決まったわけではありませんし、もし他に犯人がいた場合また王太子が狙われる可能性あります」
「確かに……それも一理あるかもしれん。そうなれば彼女からの冷静な証言が必要になる。すぐに尋問牢へ連れていくのも尚早かもしれんな」
それでもアネシスの尋問牢への護送は明日の夕刻には行われることに決まった。
丸一日、一日で証拠を見つけなければ――。
いや、もし証拠を見つけれられなかったとしても必ずアネシスは助け出してみせる。
この日の国王陛下の護衛任務が終わったあとも王宮へ残り、厨房スタッフへ話を聞きにいった。
「アネシスさんが料理に毒なんて入れるわけないじゃないか! いったいどうなってるんだよ!」
厨房にはフレドリックが来ていて、父親であるオルコット料理長に詰め寄っていた。
食堂に戻ってきた騎士から話を聞き、心配してやって来たそうだ。
「オルコット料理長、昼食時のお話を聞きたいのですが」
「私どもも、アネシスさんが毒を入れたなどと思ってはおりません。ですが、確かにスープの仕上げをしたのはアネシスさんで、どうやって疑いを晴らせばよいのか……」
厨房のスタッフはだれもアネシスがやったとは思っていないようだ。だが、衛兵に何を言っても取り持ってもらえなかったそう。
「そもそもパセリに毒を付けておいても、毒味をすり抜けられるかはわからないのに」
「待ってください、パセリに毒がついていたのですか?!」
「ああ。スープに散らされたもの全てではなく少量のパセリにだけついていた。それで、毒味をすり抜けたのだろうと」
「アネシスさんが王太子のスープに入れたのはパセリではありません! ディルです! どちらもよく似たハーブですが、王太子はパセリがお好きではないのでいつもディルを使っています」
「それは本当か?! だとしたら王太子のスープにディルを使っていることを知らない者がパセリに毒をつけて混入したんだ」
そういえばスープが運ばれてきた後、ロジーナが王太子の口元を拭いていた。
そんなことをするなんて珍しいと思っていたが、あの時、ナプキンはスープ皿のちょうど上あたりになっていたはず。
ナプキンに毒のついたパセリを包んでおき、口を拭うふりをしてスープに落としたのだとしたら全て辻褄が合う。
「やはり、アネシスはやっていない! 本当の犯人もわかった。でも証拠をみつけなければ!」
「クラージュ様、俺にも何か手伝わせてください。アネシスさんには返しきれない恩があるんです」
「フレドリック……だが……」
王族であるロジーナの罪を明かし、糾弾することはそれなりの危険を伴う。
そんなことをさせてもいいのだろうか。
「食堂に残っているエレナさんもすごく心配していました。近衛騎士のみなさんも立場上アネシスさんを庇えなかったことが心苦しいと。みんな、アネシスさんのことが大好きなんです。助けたいと思っているのはあなただけではありませんよ」
フレドリックは力強い瞳をしていた。
そうだ、ここで迷っている暇はない。アネシスを助けるために、アネシスを想う者たちの手をかりなければ。
「ありがとう。なら、お願いしたいことがある――」




