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第27話 まだ一緒にいたい

 クラージュ様と、結婚する……?

 

 ロジーナ様の言葉に一瞬頭が真っ白になる。

 いったいどういうこと? クラージュ様はまだ私と婚約しているのに。


 周りのご令嬢たちも驚いているようだった。


「クラージュ様って、婚約されていませんでした?」

「あら、あんな身分の低い方より私のほうが相応しいと思いません?」

「もちろん、ロジーナ様以上の女性なんていませんわ」

「確かにそうですわね。ロジーナ様とクラージュ様、とてもお似合いですわ」


 クラージュ様の婚約者が、今給仕をしている私だとはだれも思っていないのだろう。

 会話はロジーナ様の結婚の話で盛り上がっている。


「ロジーナ様が嫁がれればヴァルディ家はより王家との関係が強固になって安泰ですわね」

「ええ。お父様もヴァルディ家なら安心だって喜んでくれていますわ」


 ロジーナ様のお父様、ということは国王陛下だ。

 国王陛下が認知しているとなれば、もうお二人の結婚は決まっていることなのだろうか。

 わからない。クラージュ様は知っているのだろうか。わかっていて私になにも言わずにいるの?


 動揺している私に不敵な笑みを浮かべるロジーナ様だったが、私はただ聞き耳を立てながら自分の仕事をこなすことしかできなかった。


 お茶会は無事に滞りなく終わった。

 どのお菓子も好評で、皇后陛下もとても喜ばれていたとオルコット料理長からあらためて感謝された。

 嬉しい。頑張ったかいがあったと安心した。けれど、クラージュ様とロジーナ様の結婚の話を聞き、複雑な気持ちでもある。

 そんな中、オルコット料理長から思いがけないことを告げられた。


「両陛下が、アネシスさんには正式に王宮の厨房で働いてもらいたいと言っているよ」

「え……私が王宮で、ですか? 王宮料理人になるということ……?」


 成婚三十周年の食事会でのことや今回のお茶会での私の活躍にとても感激しているそうなのだ。

 ずっと食堂で働くのはもったいない、それに王宮で働けばもっとたくさんの技術を身につけられ、もっと上を目指せるだろうとのことだった。


「ずっと王宮で働かないにしろ、王宮料理人をしていたという経歴があるだけでどこにいっても認められ、求められる料理人になるよ。もちろん、我々は歓迎するしアネシスさんと一緒に働きたいと思っているからね」

「ありがとうございます……少し、考えさせてもらっていいでしょうか」

「ああ。ゆっくり考えて決めてくれたらいいよ」


 自分が王宮料理人になるだなんて考えたこともなかった。

 確かに今回のお茶会もやりがいを感じた。

 でも、それ以上に不安が大きい。

 私がやっていけるのか。それに王宮にはロジーナ様もいる……。


 私はお茶会の片付けを終え、食堂に戻った。

 今はちょうど夕食の時間だ。

 食事のあと、クラージュ様にロジーナ様のことを聞かなくては。

 王宮で働くことも、相談してみよう。

 そう思っていたが、夕食をとる騎士たちの中にクラージュ様はいなかった。

 どこにいるのだろう。


 不思議に思いながらも厨房に入り、エレナさんとフレドリックさんに声をかける。


「ただいま戻りました。ずっとお任せしてしまいすみません」

「アネシスさんおかえりなさい! お茶会お疲れ様」

「こっちは全然大丈夫だよ。どうだった?」

「どのお菓子も好評でとても良いお茶会になりました」


 二人とも、良かったねと笑顔で出迎えてくれる。やっぱりここは安心するなと思った。

 

 結局、団員全員が食事を終え帰っていってもクラージュ様が食堂に姿を見せることはなかった。

 私は片付けをしながらフレドリックさんに王宮料理人について聞くことにした。


「王族に出す食事だからね、気を遣うことがたくさんあるよ。でもそれ以上にやりがいもあるかな。珍しい食材や高価な調味料、最新の調理器具も揃っているしなにより周りがみんな意識の高い人たちばかりで勉強になると思うよ」

「そうですよね。私が、そんな場所でやっていけるでしょうか」

「アネシスさんなら大丈夫だよ。今まで王宮で働いてきた俺が言うんだから自信もって」

「そう言って頂けて嬉しいです。でもフレドリックさんはそんなところでずっとやってこられたのですね」

「その環境が当たり前だったからね。でも今はもっと大事なことに気づけたからしばらくはここでやってくつもりだよ」


 フレドリックさんはいずれ料理長になる人だ。すでに高い技術や知識を身につけているけれど、まだまだだと言って、日々努力を重ねている。

 私も、もっと自分を磨いていかなければ――。


 次の日、いつも通り食堂に来て朝食の準備をしているとエレナさんが慌てた様子で入ってきた。


「アネシスさん! クラージュ様とロジーナ様が結婚するって本当なの?!」

「えっと……分かりませんが、そうなのかもしれません」


 昨日の話がもう、エレナさんの耳にまで入ったんだ。

 クラージュ様に聞かなければと思っていたのに。


「昨日お茶会に参加してた子から聞いたのよ。今の婚約者の方は第二婦人にでもなるのかしらって言ってたのよ!」

「第二、婦人……」


 そうか。クラージュ様にちゃんとしたお相手ができれば私との婚約は破棄するものだと思っていたけど、クラージュ様ほどの人になれば正妻以外の妻がいてもおかしくはない。

 そもそも、期間限定の婚約なのだから、私の今の立場なんて関係ないんだ。

 だから、ロジーナ様のことも言ってくれないのだろうか。


「クラージュ様に限ってそんな不義理なことしないと思うけど」

「そう、ですね。私もそう思います」


 けれど、なにも聞かされてないのも事実だ。

 ちゃんとクラージュ様の口から聞きたい。

 たとえそれで、婚約を破棄することになっても。


 私はその日、いつものベンチでクラージュ様の帰りを待っていた。

 結局、朝食時も夕食時も食堂に来ることはなかった。

 お仕事が忙しいのだろうか。こんな待ち伏せのようなことをして迷惑かもしれないけど、ちゃんと話したい。

 

「はぁ――。寒い」


 もう日も沈んでしまい、随分と寒い。かじかむ手を温めるけれど、不安で心細い気持ちが余計に体を凍えさせる。


「宿舎には帰ってこないのかしら」


 諦めてまた明日にしようと立ち上がった時、遠くから名前を呼ばれた。


「アネシスっ」


 その声はずっと待っていたクラージュ様だった。

 クラージュ様は私のところへ駆けてくるとぎゅっと抱きしめる。

 そして冷えた私の手を握った。


「こんな時間までどうしたんだ。もう暗いしこんなに冷えてるじゃないか」

「クラージュ様と、お話したくて待っていたのです」

「俺を? そうだったのか。すまない、ここは寒いから食堂の中で話そう」


 そのまま手を引かれ、食堂に入る。

 向かい合って座ると、クラージュ様は申し訳なさそうな顔をして私を見た。


「こんな時間まで待たせてしまってすまなかった」

「いえっ! 私が勝手に待っていただけですから。お仕事お忙しいのですか?」

「王宮に、行っていたんだ」

「それは、ロジーナ様との結婚のことで……?」


 クラージュ様はハッとした表情になる。

 私がロジーナ様とのことを知っているとは思っていなかったようだ。


「……先日、急に父から言われたんだ。ロジーナとの結婚が決まったって」


 やっぱり、そうなんだ。

 それもそうか。私みたいな男爵家の娘なんかより第二王女であるロジーナ様のほうがクラージュ様にふさわしいに決まっている。

 

「そうだったのですね。でしたら、私はもう――」

「結婚はしないっ!」

「え……」


 クラージュ様は急に声をあげた。そしてじっと私を見てはっきりと告げた。


「俺は、アネシスとずっと一緒にいたいと言っただろう」

「それは、どういう……」


 どういう、意味なのですか。聞きたいけれど、聞けなかった。

 ロジーナ様との結婚が決まった、それが事実なのだから。


「俺はロジーナと結婚するつもりはない。ただ、父と国王の間で俺たちが結婚することで話が進んでいるんだ。王家とヴァルディ家は昔からお互いの結びつきのために婚姻を結ぶことがよくあるから……」

「でしたらもう、お二人の結婚は変えられないのでは……?」

「時間はかかるかもしれないが、この話は絶対に取り消すから。だから、勝手なお願いかもしれないが、アネシスはこのままでいてくれないだろうか」


 ここまで話が進んでいて、本当に取り消すなんてできるのだろうか。

 先のことなんてわからない。けれど、クラージュ様はまだ私と一緒にいたいと言ってくれる。

 だったら私は、今自分ができることをしよう。クラージュ様の隣にいても恥ずかしくないように。


「もちろんです。それで……クラージュ様。私、王宮で働こうと思っています」

「ここでの仕事は辞めるのか?」

「はい。正式に王宮で働くことになれば、今回のお茶会のように掛け持ちとはいきませんので」

「寂しく、なるな」

「そうですね。でも、私頑張りたいのです」

「ああ。アネシスが決めたことなら応援するよ」


 ロジーナ様との結婚のことで私に出来ることはなにもない。

 ならせめて、このまま婚約者としていることに胸を張れるように頑張っていよう。

 王宮料理人として誰からも認められる人間になれるように。



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