第26話 お茶会
「アネシスさんの言う通り、このマドレーヌのレモンは刻んで入れるよりすりおろして入れたほうが香りも口当たりも良くなっていいな」
「バターが濃厚でとても良いものだったので、すりおろした方が合うのではないかと思ったんです」
「街の雑貨屋で見つけてきてくれた花形の型もとても可愛らしい。きっと喜んでくれるだろう」
お茶会に出すお菓子も決まっていき、準備は順調に進んでいた。
ある、個人的な問題を除いては。
「あなたみたいな凡人が王宮を出入りしてるなんてほんと虫唾がはしるわ」
「ロジーナ様……」
ここ最近、厨房を出て帰ろうとすると、毎日のようにロジーナ様が現れる。
そして私を罵倒していくのだ。
「皇后主催のお茶会にあなたのような下賤の者が作ったお菓子を出すなんて、品が下がるからやめてちょうだい」
「ですが、私は料理長に頼まれてこの仕事をしています」
「あなたなんかいなくてもここの料理人だけで十分よ」
「そうかも、しれません。それでもみなさんより良いものを作り上げようと、私に声をかけてくださったのです。私はその期待に応えたいと思っています」
私を睨みつける冷たい瞳に怯みそうになるけれど、ここで引くわけにはいかない。私は任された仕事をしっかりとこなしたい。やめろと言われたって絶対にやめない。
「品がないうえに図々しいのね。どうしてクラージュお兄様とあなたなんかが婚約してるのよ」
「婚約のことはお茶会とは関係ありません」
「ほんとに生意気! さっさと王宮からもクラージュお兄様の前からも消えてちょうだい」
なんて捨て台詞を吐いて去っていく。
相当、私のことが気に入らないようだ。
それともう一つ、ロジーナ様はクラージュ様が好きなのだろう。
言葉の端々からそれが感じられる。
『クラージュお兄様の格が下がる』
『優秀で気品もあって自分の立場をわかってるクラージュお兄様があなたなんかを選ぶはずがない』
『私のほうがクラージュお兄様にふさわしいのに』
ロジーナ様の言っていることが全て間違っているとは思わない。
正直、自信をなくしてしまいそうになることもある。
それでも、私はクラージュ様から婚約破棄を告げられるまでは婚約者として毅然とした態度でいく。そう決めている。
ただ、ずっとこのままというわけにもいかない。
ロジーナ様がクラージュ様のことを好きならなおさら。
私は王宮を出て食堂へ向かった。
「今日はお茶会に出すマドレーヌが完成したのです。これ、よかったらどうぞ」
「ありがとう。順調に出来上がっているようでよかった」
マドレーヌを持って、クラージュ様に会いに来た。
王宮に通うことも慣れてきて、少しずつ時間の余裕もでてきている。
「はい、きっとどのお菓子も喜んでいただけると思います。それで、あの……クラージュ様にお聞きしたいことがあるのですが」
「ん? なんだ?」
「ロジーナ様とはどういった方なのでしょう?」
「突然どうした? 何かあったのか?」
「あ、いえ……その、お茶会にいらっしゃるみたいなので少しお聞きしたいと思いまして」
「そうだったのか。ロジーナとは王宮の行事で幼い頃によく顔を合わせていたな」
「仲がよろしいのですか?」
「どうだろうな。彼女は側室の子ということもあって王子やマリアンヌとあまり仲良くなくてな、俺によく愚痴をこぼしていたよ。母親が厳しいとか、勉強をやめたいとか。直接王家とのかかわりがない俺だから言えたんだろう」
よく話を聞かされていたと言っているが、クラージュ様のことだ。優しく聞いてあげていたのだろう。
「……今の気高い印象とは随分変わられていますね」
「強くならないといけなかったんだろう。王族とはそういうものだ。」
ロジーナ様は、私に対しては悪意を露わに接してくるが、王女としては優秀なお方だと聞いている。
きっと、並々ならぬな努力をしてきたのだろう。
そして、それを支えていたのはクラージュ様の存在だったのかもしれない。
急に私のような男爵家の婚約者が現れて気にくわないのもわかる。でも、だからと言って、あんなふうに蔑まれるのは私だって納得いかない。
ちゃんと、私自身を見て判断してもらいたい。私が、今回のお茶会に必要ないのか、クラージュ様にふさわしくないのか。
そのためにはもっと、もっと考えて、努力して、腕を磨かなければ。
「クラージュ様、私頑張りますね!」
「どうしたんだ急に。アネシスはいつも頑張っているさ」
「まだまだ足りないのですよ――」
――すべての人に認めてもらうには。
◇ ◇ ◇
「みなさん、喜んでくれているようで良かったです」
「ああ。アネシスさんのおかげだよ」
オルコット料理長と一緒に大盛況のお茶会の様子を眺める。
貴族の女性たちを招いてのお茶会は皇后陛下の挨拶からはじまり、それから皆好みのお菓子が乗ったお皿を手にとってはそれぞれ仲がいい人たちと会話をはじめていた。
「このタルト、フルーツがみずみずしくてとても美味しいわ」
「フィリングを乗せて焼き上げたあとに生のフルーツも乗せてあるんです。二種類の味と食感を楽しめるようになっています」
「甘味と酸味もちょうど良いし、それに小ぶりなのが嬉しいわ」
「ありがとうございます。どれも腕によりをかけて作ったお菓子ですので、ごゆっくりお楽しみください」
時折、お菓子を並べる私に声をかけてくれる人もいる。
どのお菓子もとても美味しいと喜んでくれるご婦人に、頑張ったかいがあったと安心した。
皇后陛下もにこやかにマドレーヌを口にしながら談笑している。
ロジーナ様も同年代のご令嬢と楽しげに過ごしていた。
もしかしたら私の作ったお菓子は口にしないのではないかと思っていたが、他の方たちと一緒に美味しそうに食べている。
良かった。少しは認めてもらえただろうか。
華やかで、穏やかに進んでいくお茶会に誇らしく思いながら、追加で焼きあがったお菓子を出したり空いたお皿を下げたりと私も仕事に勤しんでいた。
するとその時、思いがけない言葉が耳に飛び込んできた。
「私、クラージュお兄様と結婚するんですの」
少し離れたところにいるロジーナ様は、勝ち誇ったような表情で私を見た。