箱入り令嬢と左手で飛ばす紙飛行機
私の日課は、中庭に落ちている紙の鳥を拾うこと。そう、子供が紙を折って飛ばして遊ぶ、紙の鳥。
紙には外の世界のことが綺麗な字でいっぱい書かれている。城の中では見ることができない、大きな塩の湖や凍った大地のこととか、色々。
だから毎日早起きして中庭に向かう。でも、まだ一度も紙の落とし主には出会えていない。
一度、紙の鳥を作って部屋で投げてみたことがある。鳥は真っ直ぐには飛ばなくて、鼻先を中空でくるっと一回転させてこちらに戻ってきてしまった。
落ちた紙の鳥を拾おうとした時、私は気付いた。――中庭の手紙の落とし主は、左利きだと。
私が投げた鳥の持ち手は左に曲がっていたのに対して、中庭の鳥は右に曲がっていたのだ。
左利きの王子様。私はいつしか、紙の鳥の落とし主のことをそう思うようになっていた。
今日は父様の狩りに同行する日だ。と同時に、新任の騎士団長のお披露目の日でもあるらしい。母様の言いつけ通り、馬車の中で時間を潰す。――本当は、外に出て自分で歩きたいのに。
滞りなく狩りは進み、そろそろ帰るという段になった時だった。
「主だ! 山の主が出たぞっ!」
「姫様、馬車の外へ! 馬車の中では逃げられませぬ!」
声に促されるままに外に出る。視界に入った猪は、小山のように大きかった。応戦する騎士団の手練も歯が立たない。
猪の目がこちらを向いた。私が身につけた宝石に反応したのだろうか。突進してくる猪を私はただ見ていることしかできなかった。
「――姫様、伏せてください」
よく響く低い声。言われるままに伏せて顔を上げると、純白の服を着た騎士団長が私と猪の間に立っていた。佩刀は右腰。彼は左手で柄に手をかけた。一瞬銀色の光が閃き、山の主は地に倒れ伏せた。
「貴方は……」
騎士団長は私の方に向き直ると爽やかに微笑んだ。思わず、胸の奥が熱くなる。
「新たに騎士団長を拝命致しました、リュシアンと申します。お怪我が無くてなにより」
「……紙の鳥で世界のことを教えてくれたのは貴方?」
「――ずっと、お慕い申し上げておりました。よろしければ、これからは二人で世界を見にいきませんか」
「―――え?」
リュシアンは私の手を優しく握った。
「私に、貴方を乗せて飛ぶ鳥にならせて頂けますか?」
返答は、考えるまでもなかった。
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