八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、11
「マレさん!?」咆哮を気合と受け取った柊陸曹が、なお確かめるようにマレに通信を入れる。マレをかばって受けたアタックトルーパーの刀傷は浅く、爆破の危険性はなさそうだ。バックパックの一部が乱切りされた人参同然に切り取られ、地面に転がっている。
それを、マレも視認した。
よかった、と心底思う。自分が惑ったせいで怪我されたのじゃ寝覚めが悪い。
「――動けるんだよね?」マレも柊に一応の確認を入れる。
「――支障――ありません」
「取り乱してごめん。ここからは本気で行くから!」
アタックトルーパーを抱えて相手との間合いをとる。一呼吸おいて、「よし」とマレはスロットルを上げた。それは傍目からはただ単に敵の正面から突っ込んでいく無謀な体当たりに見える。
「さすがに無茶だ!」柊が短く言葉を切った。
刀を構える黒い敵機にとって、直径のある球体なんかは恰好の的でしかない。
実際、勢いのついたバランスボールがバットを構えた野球選手に向かっていく絵面なのだ。
「野球選手だってね、空振りもすれば打ち損じることだってあるのよ!」
マレにはマレなりの思惑があった。いったん距離を置いた手合いが再度仕掛けてくるなら普通は銃撃戦を想像する。こうやって予想を裏切れば一瞬なり、惑うものだ――それが人間であるなら。
敵の動きが一瞬たしかに鈍ったのを柊陸曹も感じとったようだった。
加速したノーシェイプが一気に敵の間合いに入った段階で本来すでに振り下ろしているはずの刀が、まだ上段に振りあがったままだ。
攻撃動作をオートマティックにしているなら、本来ありえない間だ。
「まさか、人間が乗っているのか!?」
マレの操るノーシェイプmkⅡは、敵の眼前でバク宙した。勢いのついたふたつの球体が謎の黒い機体を真下から撃ち抜く。
敵の煙バリアーは、やはり角度のつけられた攻撃に対しては機能しないようだ。尻尾アタックが朧に霞む敵の頭部を撥ね上げた。大きく体勢を崩し、よろめく。刀が敵の後方へと吹っ飛んで、煙の彼方へと消えていく。
すかさず柊の牽制射撃が奔る。これも正面で受けきれない敵に次々と着弾していく。
「たたみかけます――!」左手側に機敏に円運動をさせながら、敵のわずかに後方の空間へ射線を通す。下がれば命中し、とどまればマレの射程の餌食になる絶妙な角度でのアシスト。
マレは再び、今度は横に回転した。しかし今度は回転を読んだ敵機が両腕をたたんでガードする。ガードされていない面に柊の銃撃が命中して赤い火花が散るが、あえてそちらのダメージは無視すると決めたようだ。相手の顔がマレに向いたまま微動だにしない。
「鬼みたいな怖い顔――してさ!」
距離が至近になってはじめて、敵が、見えた。
光を吸い込む黒いボディーには葉脈のような亀裂が全身にくまなく施されていて、その隙間から濃い赤い光が洩れている。顔にはさらに細かく亀裂が入っていて、一定の間隔で光を明滅させていた。
あえてそうしているのだろう頭部は人のそれに寄せていて、うねりの入った触手めいたものがさも髪の毛でもあるかのように生えている。髪の先から件の青白い煙が出ていて、接近するまで目視できなかった理由も理解できた。
鬼みたいな怖い顔――。マレがそう言ったように人型の頭部には目のあたりにちゃんと二つ窪みがあって、赤い光をこぼす両眼をかたどっている。ご丁寧なことに、目の部分は瞳孔や虹彩までも作りこまれていた。
「これ、どう考えても地球人のセンスじゃん。それもきっと――日本人の」
マレに偏見はない。ただ、そのデザインのあまりの精緻さから単純にそう思っただけのことだ。
「――ヤック。カッコいいじゃん」
マレはこの敵をヤックと命名した。タイで言うところの、鬼や夜叉という意味だ。
阿部寛さん主演の映画を見てきたんですが、カッコ良かったですね。内容の是非というよりもうその存在感だけで圧倒されるって。主人公が際立つっていうのはきっとああいうことなんでしょうね。
SHOWTIME7(ショウタイムセブン)。圧倒的じゃないかっ!そう思っちゃいましたw




