八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、10
相手が有人であるなら――そう考えると、いくら思い切りのいいマレであっても攻撃することに躊躇いが生じていた。
勘の鋭い彼女であったからこそ兵器の有人と無人を見分けることができたのだが、そのことがかえって彼女の足を引く結果になっていた。
これまでにもマレはいくつかの戦闘行為をこなしてきたが、訓練以外での対人戦闘だけは、まだ経験していなかった。
自分の攻撃で誰かが死ぬ――そんなことを、彼女はこれまで一度として考えた事はなかった。相手が宇宙人ならやれる――はずだったが、現実問題、彼女はこうして二の足を踏んでいる。
攻撃のリズムが狂ったことにいち早く気づいたのは柊陸曹だった。これまでスムーズな流れに乗っていた攻撃態勢が急に失速したことで、柊自身も一瞬無防備な状態で戦場で孤立してしまう。
「――マレさんッ!?」
声かけに反応するものの、瞬きひとつの時間がこの刹那では命とりだった。
黒い俊敏な影が、どこからともなく長く反った獲物を抜き放っていた。
それは日本人であるなら実に馴染みの深い武器であった。
――刀――だと!?
柊が自身の目を疑ったタイミングで、ぬらりとした動きをした黒い影が刀を膂力にまかせて大きく振りかぶっていた。影の動きに吸い込まれる感覚がマレにはあって、到底これは躱せないと、刹那、確信する。
「――まぁくつぅぅーッ!」
必死に叫び、一瞬遅れの回避行動を試みるが、そんな腑抜けた行動を赦してくれるような手合いではない。切っ先が容赦なく光の弧を描く。
刀の切れ味は想像以上で、振り抜いた空間にあったすべてのものに斜を撃ち抜いた。刀身の軌道にあった空間さえもずれ込む実が、恐怖の感情を逆撫でしてくる。
間一髪のところで柊のアタックトルーパーが飛び込んでこなければ、地球上のおおよその環境に対応できる耐久性を持つノーシェイプmkⅡであったとしても決して無事では済まなかったことだろう。
止まった息を大きく――吐く!
吞まれたというの?あたしが
まだ背景が真っ白な自身の感情を取り戻せないまま、白刃が振りかぶられるのを目の当たりにする。
勝てないの?あたしが?ノーシェイプが?――。体が震えを起こして、それが、止まらない。
マレは、目の奥から一気に噴き出す涙を抑えることができなかった。心が、敗北を吞んでしまったのだと、理解した。
あたしには、人は殺せない
語尾が切れた。
完全にノーシェイプが行動をあきらめた瞬間だった。指先まで自在に動かすことができたはずのマシーンは今や身じろぎひとつ取らない完全な鉄の棺と化していた。
「今!敵とまっとうに戦えるのは俺とあんただけだ!――とまってんじゃあねええ!」
――繋ぎ止めたのは、白刃を背に受けてなお、生きる意志を前向きに示した柊着陸曹の言葉だった。
マレの吹き飛びかけた意識が肉体に戻る。
息を吹き返した身体が、のけぞって、シートに当たる。緩衝液の満ちた中にあってそんな感覚こそなかったものの、マレの身体の中枢に魂が戻ったことだけは実感できていた。
「いったい――だぁれにむかってそんな口きいてんだぁあ――!?」
マレが、猛々しく、吼えた。
早いものでまた週末ですね。こういうときに天候がいいと気分も上がるのですがあいにくの冬模様です。ひどく細かい雪が窓の外で降っていて、ぱっと見綺麗なんですがきっと外に出たらすぐ溶ける嫌な雪なんだろうと思います。こんな日は炬燵に入ってぬくぬくしたいです




