八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、9
それは、立ち込めた煙の中から突如として現れた。
全長は20m弱、といったところだろうか。全体的に細身なフォルムは、ロボットというよりか巨大な人間を想起させる。黒光りする装甲はこれまでの巨大獣に似つつもよりしなやかな印象だ。青白い煙の中で、陽炎のように胡乱に揺らめいている。
周囲の空間が煙でぼやけていて、足元や体のラインもどこか朧げだ。細身で、手足が長い。頭部は、あるのはわかるのだが――どうにもはっきりとしない。ぱっと見た感じ、武器らしきものを携帯しているようには見えない。
「どうしてこいつ、レーダーに映らないんだ。マレさんの方はどうです?」柊陸曹からの直接回線が届く。
「あたしの方も同じよ。レーダーがさっきからチカチカしてて、気持ちが悪いったらない」
マレは緊張感で擦りきれそうになる気持ちを、高揚感で奮い立たせていた。高感度のレーダーを搭載したノーシェイプmkⅡに、目の前のそれは、まったくと言っていいほど反応していなかった。
時折残像のように現れては消える敵機のシグナルを、マレはもはや見ないことに決めた。マレの思い切りの良さは勝算が完全に潰えない限り削がれることはない。男から女にフォームチェンジした時から覚悟は決まっている。
『自分の望まない現状を打破する時にはいつだって強行突破』
それがマレ・ロムサイトゥーンの生き方であり、選んだ覚悟だ。
「さあて、どう戦ったものか!」
ノーシェイプmkⅡの機動性が以前に比べて格段に向上しているのは確かだが、相手の力量が読めない現状にあって最初の一手は難解だ。間違えれば後の先をとられてしまう恐れもある。
恐怖が先んじていく感はあったが、マレの神経は過去最高と言っていいほどに研ぎ澄まされていた。
ノーシェイプの武装ゲージがオールグリーン表示になっているのを確認して、にやりとほくそ笑む。
球体のボディーに格納された実弾兵器25ミリ機関砲を両サイドから引き出す。
「当てて砕いてやるよ!」
まず先制の一斉射。一定の低いうなりを上げて、やや間隔のあいた連射が空気を裂く。
連射性能こそ乏しいものの、マレのように一撃精度の高いパイロットにとってはこの武装は肌に合っていた。
着弾を確認して、その効果がわかってから次弾を撃つことができるのは、この武器の強みだ。ばらまくことで効果を出す銃撃戦もあるが、それはマレの好みではない。
予想通りと言うか、想定通りと言うか。案の定25ミリ機関砲は目の前の敵に対しては有効ではなかった。どういった原理なのかはわからなかったが、マレの放った銃弾は敵を目前にしてあきらかな減速をみせた。
「バリアーみたいなものでしょうか?」柊陸曹もそのことに気づいたようだった。
「あいつの出してるあの煙みたいなのが曲者なんでしょうね」先刻から周囲に漂う成分の分析を試みているがまだノーシェイプからの明確な返答はない。
「牽制します!」自衛隊『トルーパーズ』の柊陸曹が絶妙のタイミングで援護射撃を開始する。命中させることに重きを置かない射撃は、敵機の移動を妨げ、マレのノーシェイプの戦いやすい場所へと誘導してくれる。
集団戦闘に慣れた自衛隊ならではの戦い方だ。
――巧い!
単独戦闘しかしてこなかったマレにはとんと縁のないものだったが、柊はマレの挙動を完全に先読みして完璧なバックアップをしてくる。敵は柊の弾幕を受けようとはせず、機体を移動させて回避行動に出ていた。
直撃が怖いとかそういった意思は感じない。あくまでも様子見といった感じでこちらの行動を遠巻きにしている。
「余裕かましてさっ!」
様子見だろうが何だろうが、柊の牽制射撃によって敵の行動範囲は限定されてきている。このまま回避していけばビルに衝突する――。
「ここだっ!」
マレが機関砲を放つ。
先刻のバリアーと思しきものは正面からの射線に対して発動していた。マレの類まれな動体視力はそれを一度目の斉射で確認していた。
なら、斜線ならどうよ――!
正面からではなく、あえて回避不可に見える角度から連射する。
これまで対峙してきた巨大獣について「攻撃をすることに対してどこか消極的である」という報告書が共有情報として提出されている。実際ロバの巨大獣と戦ったマレでさえ、敵がもっと攻撃を積極的におこなっていたならば勝てたかどうか微妙だと思っていた。
それほどにマレは敵を認めていたし、実際スペックの半分も使っていなかったのだろうとさえ感じていた。
彼らには別に目的があったのだと思う――そう国へ提出する報告書に明記したほどだ。
それを国側がどう捉えたかは知れない。ロバの巨大獣を討伐した報奨金は確かに研究所に振り込まれたというし、実際それでマレの懐も相応に潤った。
こいつは――!!
確実にダメージの通らない柊の射線に向けて、目の前の敵は見事なほど華麗に踵を返して見せた。
斜線で放ったマレの銃弾を寸でのところで躱し、正面の安全な膜でもって柊の銃弾を受け止めてみせる。
マレは確信した。
こいつはこれまでの巨大獣じゃない、中に人が乗っている戦闘兵器だ――!
ご存じの方いらっしゃいますでしょうか。私、昔々の映画で「グーニーズ」というものを見て以来、劇中に出てくる発明家?の少年がどうしても好きになってしまって、あ――いえ、異性としてとかではなくその生き方と言いますか姿勢?のようなものに感服してしまいまして、フルアーマーかよっていうほど妙な小道具を服に仕込む癖ができてしまったんですね。空港の金属探知機が「もういいかげんにしろよ」って感じで鳴りやみません、はいw




