八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、4
トルーパーズの拠点である新宿から、赤羽まではわずか10㎞程度の距離だ。かつて渋滞していたはずの道に車通りは少なく、通りながらその数をそらんじることができる。
「――移動にはストレスなくっていいんですがね」年々荒れていくアスファルトの隙間からは逞しい緑の草や種類のわからない蔦が生えてきている。いずれ彼らがコンクリートを覆いつくすのもそう遠い未来ではないのかもしれない。田辺2士が重武装した機体の幅を気にしながら、周囲に擦ることのないように慎重な稼働をおこなっていた。
「男ってそういうのよく気にするよね」
久能1士があきれた様子でため息をつく。いざ戦闘に入ってしまえば機体には汚れもつくし傷だって負う。最悪、破壊されでもしたらとは考えないのかしら?
――まあ、気持ちがわからないわけではないのだけれど。
常に点検と整備がなされている機体には一抹の汚れもなく、曇天の奥で光を放っているだろう太陽の余光を浴びて表面をてらてらとさせていた。木立を抜ける際ボディーに葉っぱの影がが映ったなら、その細やかなシルエットに、久能とて胸を躍らせる感情くらいはある。
中距離支援型、ガントルーパーのレーダーサイトに敵機のマークが浮かぶ。しかし低空で飛んでいるのか肉眼では見えず、サーチモニターのカメラにもまだ引っかからない。
人が少なくなったとはいえ、都心に生えた高層ビルや背の高い建造物は、戦闘の邪魔になる障害物としていまだ残っている。
「ほんと、邪魔だわ」
「――腐るな、久能1士。俺なんか建物の影から突然敵に出られでもしたら対応できないんだ。間合いをとれるだけ幸せと思え」
「――了解」
柊陸曹の言葉に、久能は不承不承の了承を示す。
「その点、足は遅いですがキャノントルーパーはいいですよ。相手がレーダーに映る場合ならまず不意打ちは喰らいませんのでね」田辺2士が浮かれた声を発した。
――まあ、重装のぶん、細い道は通れませんがね。
そこをあえて口に出さないのは田辺の性格のいいところだ。
相手に対してさも自分が優位であると示すのに、わざわざ自分の欠点を口にしたりはしない。
「――よし」二人の様子を見て、柊陸曹が満足気に頷いた。チームのメンタルがいつも通りに充足できているという実感を得たからだ。
もっとも身軽で高機動を誇る柊を先頭に、チーム『トルーパーズ』の全員が戦闘エリアに入ったことを示す短いアラートが響く。
戦闘開始だ――!そう言葉に出そうとした刹那、後方の田辺2士が叫んだ。
「――高機動物体、こちらに接近中!ものすごいスピードです」
「――敵の援軍か――!?」
「い、いえ。これは――!」
田辺が次の言葉を紡ぐより先に、レーダーに映った未確認で謎の高機動物体が上空を追い越していく。地上とはだいぶ距離があるはずなのに、それが通り過ぎた少し後から、音と、荒々しく逆巻いた風が地表を薙いでいく。
「――識別!日流研のノーシェイプ――mkⅡです!」田辺の報告も遅れて響く。
「――ということは、マレ!あれは、マレ・ロムサイトゥーンなのか!?」
柊陸曹が頓狂な声をあげた。二年前突然目の前に現れて、風のように八丈島に帰っていった女。報告書で彼女の名前を知ってからというもの、片時も忘れたことのなかった相手。
アタックトルーパーが急加速して、追随していた久能がフォーメーションの乱れを訴えた。しかし柊は独断専行をやめる様子はない。
「隊長、一体どうしたの?――保、今何が飛んでいったって言ったの?」慌てる久能。
「に――二年前の焼け棒杭が今になって飛んできたんですよ!」
田辺の言葉に久能は混乱する頭をまとめることができずにいた。カメラで確認できたそれは、棒や杭というより、串に刺さった団子のように見えたからだ。
「あれ団子じゃないの?いったいどの辺が焼けてるっていうのよ!」
「隊長が焼けてるんですよ!」田辺の必死の言葉は、残念なことに久能には届かなかった。
それはそうだ。発した田辺2士でさえ、かいつまみ過ぎた言葉が本来の意味のほとんどを吹っ飛ばしていることに気づいていなかったのだから。
街中にあった建物がいつの間にやらなくなってしまっていて、そのあとに新しい建物が建って上書きされて、それがひたすらに繰り返されていく。こういったことも、きっと歴史と呼ぶのでしょうね。ただ、地球にしてみればそんなことは瘡蓋がとれたくらいの感覚なのでしょうか――悔しいのはそこにあった建物がなんであったのか思い出せないことなんですよね




