八丈島のクラゲは砥石を研いで針にするの、3
柊陸曹は二年経過した現在にあっても、変わらず近距離使用のトルーパーに搭乗させられていた。
武装はやや強化されたものの、中距離銃撃戦を得意とする柊にとって、アタックトルーパーの近接射程はどうしても肌に合わないものだった。
これまで何度となく小規模出撃があり、その都度都度で本来なら犯すはずもなさそうな小さなミスを積み重ねてきていただけに「さすがにI.P.Uをこのまま使用していて大丈夫なのか?」という疑問が沸点に達していた。
藤堂陸将に直談判をしたり、無駄とはわかっていながらも膨大な数の陳情書を提出してみたが、頑としてその要求が受け入れられることはなかった。
しまいには久能1士に「隊長って、上層部から嫌われてるんじゃないんですかぁ?」などとからかわれる始末だ。
逆境をさらに上書きするかのような事態も多々あった。その最たるものが、かつて切鍔から情報のあった『カネザキ重工製後付けアーマーシステム』だ。トルーパー専用に開発されていたはずの企画は、開発の完成を待たずいつの間にか企画自体が流れたことになっていた。
「I.P.Uが手を回したんじゃないかって――もっぱらの噂っすね」田辺2士がどこから手に入れたものか不明瞭な言葉を吐く。柊は大きく肩を落としつつ、そんな信憑性も乏しい噂話さえ否定できずにいた。
「今の俺には、なぐさめが欲しいよ」一人苦しく呟いて、アタックトルーパーに乗り込む。
もうすっかり操縦にも慣れた機体だったが、そのことがより自分と自機との相性の悪さを露呈しているのだから内心穏やかではない。
出動したくない、という気持ちを抱えたまま、無人偵察円盤の出現が報告された赤羽へと出動する。
柊に最近元気がないことを久能京華は知っていた。いつもどうにかしてなぐさめてやろうと考えはするのだが、どうしてかいつもその願いは適わずにいた。
「ほら隊長!元気出していきましょうよ。生きてればなにかしらいいこともありますって」
「お前はいつもそうやって呑気に言ってくるけどな、ここ二年、俺にロクなことがなかったのをわかって言ってるんだろうな?」
「知ぃ~りませぇ~ん。最近いっつもグレネード直撃したみたいな顔してるから幸せの方が寄ってこないだけなんじゃないんですかぁ~?」
そういえば先日、柊は異動を賭けた昇進試験にも失敗していた。本当にこの人ついてないな、と本気で思わないわけではなかった。だからこそ軽口で場を和まそうと彼女なりの努力を試みたりもする。そのおかげなのか、最近随分と二人でする会話がフランクになってきている――と、彼女自身は思っていた。
何も起こらなかったこの二年という時間を、あわよくば一気に詰めることができるかもしれない――なんてことさえ妄想してしまう。
しかしそういった女性のシグナルを男側が必ずしも察してくれるとは限らないのが世の中だ。まして柊は同じ職場での恋愛ごとを極端に嫌うタイプであった。彼は職場内での関係が近ければ近いほど理性的に互いの関係に節度を保とうと日々努力を怠らない。根はいたって真面目で、彼の真摯な性格こそはまさに自衛官向きであるのだ。
そんな彼だからこそ、ある意味久能の秘めた思いは届かない。関係が近ければ近いほど距離は遠く、無為に時間だけが過ぎていく。
「本当、よくやるよね」その様子をいつも垣間見ている田辺2士は、苦い顔をする。かといって通信に割り込むような野暮もしない。それでも、どちらかに感情の変化があればいいのにと思ってみたりはするのだ。
週末ですね。皆様はどのようにお過ごしになるのでしょうか。私は、どうしようかと、今から考えております。どうぞ良い夜を。そしてどうぞ良い週末をお過ごしください




