月に棲むものたちの、1
宇宙空間から地球に視界を移した際に見ることができる人工物がある。
エジプトのピラミッドやアメリカのゴールデンゲートブリッジがそれにあたる。
しかし現在、全体の八割近くを雲で覆われている地球にあって、そういったものを観測することは極めて困難だ。ただ、この時ばかりはいささか状況が違っていた。雲の下にあってもわかる強い光源が地球上のおそらくは地上から発せられて、丸い地球の外周を回ることなく直線的に雲を突き破り、大気圏をも貫いたのだ。
光が力をなくして霧状に散るまでの時間はそう長くはなかったが、突き破られた雲の周囲はしばらく開いたままになっていた。
『あれは、我々の武器ではない――』
『我々の鳳輦にはもとより武装というものがない』
『移住に武装など不要と凍結したのが間違いだったか』
三つの声がした。
それぞれ、どれも野太く、一般的な見解から言えば、地球上の女性の声とはかけ離れていた。さらに加えるなら彼らの言葉は――地球で話されているどの言語体系とも異なる独特なものであった。
『これは失敗案であったかも知れんな』
『長い目で――見れば良かろう?』
『そう言ってどれだけ経つ?先遣隊のキャグーヤを回収してからもうずいぶんになったはずだ。キャグーヤの解析結果が我々にとって芳しくなかったとはいえ、やつらはすでに星外にまで足を伸ばしたのだ。我ら三人も覚悟なりを決めるべき時が来たとは思わんのか』
『今度はこの体を完全に失うことになるかもしれんのにか?』
残り二人の声が、途絶える。
『我ら三老に出来ることといえば、成功例を回収することだけだ。ようやくその欠片が見つかったのだ。慎重に事を運ばねばならぬ』
『逃亡し、この星の人間と子をなしたキャグーヤの末孫か』
『まんまと逃げおおせられたままではなかったか?』
『鳳輦が反応したのだ。戻ってきたということなのだろう』
『おかげでまた手駒が減ったがな。こうなるともはや消耗戦だ。なにせ我々にはもはや鳳輦建造は望めないのだからな』
『星外に出たこの星の鳳輦では故郷へ帰ることもままならぬからな――』
『それもまあいいが――。先ほどの光は地球の兵器なのであろう?ついにあんなものまで生み出すようになってしまったのだとしたら、もはや彼らは我々にとっての脅威でしかないのではないか?』
『地球人を呼べ。我々は事の顛末をつぶさに知る必要がある』
青白く冷たい光が、その空間を支配していた。やけに透明度の低い結晶の中に三人の老人の姿が投影されている。部屋に呼ばれた地球人も同様に年老いていたが、その鋭い眼光ときっちりとした軍装に近い制服を着こなした様子からはまだまだ現役さながらという趣を醸し出していた。
背筋をピンと伸ばし顎を引いてまっすぐに立つ姿は、見る者に相応の緊張感を与えることは間違いなかった。
「三老――なにやらワシに御用とか?またわが祖国の珍味でも所望か?」
『まあ、そのようなものだ』
結晶の奥の表情は読めない。三老と呼ばれたその三人の誰もが不気味でまったく得体が知れなかった。しかしそんな中にあって、その男は対等に対峙しているようだった。
ようやく月の、所謂『仕手側』が出てきてくれました。タイミングを図ってはいたのですが、不自然にならないように絡めるのは未熟な私にとっては結構な離れ業でした。今後ともご愛読方よしなにお願い申し上げます




