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日本2062 有限会社ミンケイの場合の、15

 『発射シークエンスがストップしています。』

 『発射シークエンスがストップしています。』

 

 無常とも非情ともとれる無機質な言葉が続く。このアナウンスが録音であるならば、この場合の正解は「非情」であるのだろう。いずれにせよ尻に火がついた状態であるのには違いなかった。


 「総員!全力で漕げ!」鳳がそう指示するまでもなく太平洋と月影アラタ、それに佐藤右京は先んじてペダルを回していたようだ。メインモニターの左上にいつ現れたのかペダル漕ぎの貢献度を示していると思しきゲージが五列表示されていて、ゲージ横にご丁寧に搭乗者の名前が出ていた。ゲージの右端にはスパーク絵文字の中にアルファベットで「GOAL!!」の表示がされている。

 

 「ふざけてんのか!」暑さでコクピット内が蒸し風呂の様相を呈している大地駆が、大きく呼吸を乱しながら呻く。汗が冗談のように吹き出てきていて、拭う気にさえならずにいた。

 「サウナじゃねえんだぞ――」ペダルを懸命に回すがこれがなかなかに重く、徐々に体力が削られていく。大地のゲージは現在ブービーだ。最下位(ビリ)でないとはいえ、彼にとって、女子である右京の後塵を拝していることは耐えがたいものがあった。


 「本当、飽きさせない作りだな。ゲームならまだしもリアルでこんなことするんだから!」ケイバ―ボディーのコクピット内温度も徐々にではあるが上昇の兆しがあった。

 「うー!頭の上がポカポカしてきて、クラクラしてくる」ハイになりつつある気分をどうにか抑えながらペダルを漕ぐ。自転車ならずっとアシ代わりで乗ってきたんだ。慣れたものだ。

 現在目標に最も近いアラタがさらに気勢を吐いた。ゲージがググっと上がる。


 なんでこの歳になってチャリなんぞのペダルを漕いでるんだ私は。足元から突如現れたペダルをほとんど反射的に漕ぎはじめたものの、ものの数分で太平洋のふくらはぎと太ももは悲鳴をあげていた。それでもゆっくりとゲージは上がっていて、現在二番手をキープしている。モニターの外ではかつて二番目かあるいは三番目の女とこしらえた子供と最後に乗った葛西臨海公園の観覧車が火の海に包まれていた。風林火山によって真っ二つにされた観覧車の骨組みがスライスしたオレンジの切り口に見える。東京からとっくに避難しただろうあの子はもうとっくに成人した年齢だ。

 「あの頃はまだ生絞りのオレンジジュースが売っていたっけな」妙な感慨が()ぎる。

 お父さん、こんなだけどまだ生きてるぞ。ペダルを踏む足に力がこもるのがわかった。


 「左京!遅れてるぞ!?そんなんじゃゲージ溜まんないじゃん」まったくゲージの動かない妹を右京は手厳しく叱咤した。ペースの落ちた太平洋を抜いて二番手に上がった右京には、体力、精神力ともにまだまだ余裕があった。なんならダイエットにもなってちょうどいいや、くらいの感覚だ。今度買う予定のワンピースはウエストが細ければ細いほど決まるデザインだ。

 「最高じゃん!燃えるわ!脂肪が!」右京は叫んだ。

 体育会系の右京は細身ながらもしっかりと伸びのある筋力を持ち合わせていて体幹からしてしっかりしている。背格好や顔のつくりこそ双子の左京とは似ていたが、声をかけられて妹と間違えられたことはこれまでただの一度もなかった。よく「対極の二人だね」と同級生たちには言われたし、実際右京にもその自覚はあった。

 適度に身体を使う今の仕事は筋肉と体型を維持できるという一点において右京に合っているものだ。

 弱冠二十歳を迎えたばかりの彼女には夢がある。いつか平和になった世界を自力で探検することだ。

 「おしゃれ探検家に私はなるッ!」ぐいぐいとゲージが伸びていく。


 「上がんないよ、こんなの。無理ゲーじゃん。理不尽だよぅ」泣きが入るがどうしようもない。どうもこのエネルギーゲージはミンケイバーの各パーツから必要分をチャージする方法を採っているようだ。だから、自分の分が終わらない限り永久に『太陽光変換ビーム』が発射されることはない。左京はミンケイバーに流れるエネルギーの循環システムを察して、真っ先に祖父を呪った。そりゃあパーツごとにエネルギーを集めなきゃならないことは理解できる。でもさ、人間には向きと不向きってものがあってさ――体力乏しいのとか知ってるじゃん。なんでわざわざこんなギミック用意するかなぁ。涙が出てくる。こういうのは姉でいいじゃん。ダントツ最下位を煽るかのように左京のゲージラインが点滅している。過去の歴史書や文献を地道に紐解いて、当時生きていた人たちの文化や思想を手繰るのが左京には合っている。争いや目の前の血なまぐさいものなんかについては、彼女にとっては遭遇体験するものではなく、お茶などを優雅にすすりながら本などで客観的な考察をまじえながら議論するものと心得ている。必死こいてチャリのペダルを踏むなんてことはもともと自分の領分ではないのだ。

 「――左京」不意に右京から個人通信が入った。

 「――何よ右京!私これ以上無理だから!『頑張れ!』とか無責任なこと言わないでよ――!?」

 「そんなこと言わないけどさ。時計見てみ?」

 ケイバ―シューズ・レフト内の時計は午後三時二十分を表示していた。

 「それがなに?だからなに――?」ペダルが重く、一周させるのにも息があがっている。

 「今日からケーブルで『徳川無頼帳』はじまるんだよ?知ってた?」

 「――え?え?――嘘ゥ!何時から?聞いてないよ!」

 「午後四時」

 歴史を紐解く中で日本の侍文化は避けて通れないものだ。御多分に洩れず左京もまたフィクションと知りつつ侍好きだ。ことに千葉真一の魔界転生を見てからというもの、彼女はずっと長いこと故人の追っかけをしていた。

 「――ぜってえ――終わらせる!」左京の目が、燃えた。


 メンバー全員に檄を飛ばしてからペダルを漕ぎはじめた鳳だったが、もともとガテン体質の彼にとってペダルを漕いでゲージを上げる単純作業はまったく苦になるものではなかった。順調にゲージを上げ、あっという間に太平洋を追い越して三番手に躍り出る。

 人を束ねていくとか、頑張っていこうと他人を促すとか、元来鳳はそういったタイプの人間ではない。言われたことをひたすら黙々とおこなって、誰に成果を誇るわけでもなく群衆に埋もれていく生き方のほうが自分には合っている。それはちゃんと自覚している。

 下手な色気を出して出る杭を打たれる生き方は()()()()()()と、これまで生きてきた人生経験でもうじゅうぶんにわかっていることだ。

 なんか――舞い上がっちゃったんだよなあ。

 一号機。合体ロボットの頭部担当。チームリーダー。半ば押し付けられる格好になって現在まできているが、時折無性に自分の生き方について考えさせられることがある。

 合体ロボットの主人公ってこんな悩みとか持たなかったんだろうか。自分が上手くできていない実感に頭が禿げそうになる。

 完全に名前負けだと思う。なんだよ鳳皇(おおとりすめらぎ)って。いったいどこの皇族だよ。大鳥鴻(おおとりこう)って本名もそう変わんないけどさ。

 雑念を振り切るようにペダルを漕ぐ足に力を込める。見ればさっきまでゼロゲージに近く点滅を繰り返していた左京のゲージがどういうわけか急上昇してきていた。つられるように負けん気の強い大地のゲージも上昇している。

 目の前の巨大獣を倒すために、皆がそれぞれの力を結集しようとしている。


 じわりと目頭が熱くなるのがわかった。


 「なんだよ。こういうのってさぁ――」

 本当に勘弁してほしい。胸が熱くなってきて感情がせりあがるのが止まらない。

 

 こういうのがあるから、やめられないのかもしれない。実感を一番強く感じるのはやっぱりチームリーダーなのだ。

 

新しいガンダムを映画館で見てきたんですけど、いやあ。きれいだなぁと思いました。ああいうのを文章に起こしたらどうすればいいのでしょうや。本当にクリエイターさんってすごいですよね

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