ノーシェイプ、あるいはシェイプレスの事情、の1
「昨日、世田谷にミンケイバーが出たんだってさ。噂だと街一帯全壊らしいよ?」ダオが手元のコンソールパネルと睨めっこしながら、異様な速さで流れていくデータを澱みなく眼鏡越しに追っている。時折長い髪をかきあげる仕草は、その手が好きな男であったならコロリとするシチュエーションだ。
「マジか。アイツ、火力だけで言ったら鬼だかんな。で、結局のところ、宇宙人は殺ったの?」真っ白な球体の中にポツンと一人、操縦席と向き合っているのはマレだ。ダオの言葉に感嘆の声を上げてはいるが、その割に作業を止めるでもないし、その大粒の瞳に感情は少しも乗っていない。
「ああ、そこはちゃんと殺ったみたい?で、なんか相手?どうも蟹だったみたいよ?」
「マジか。クソ美味そうだな」
でも宇宙人じゃあ食えねえーだろ、そう言ってマレはカラカラと笑った。ようやく感情らしいものを見せ、作業の手を、止める。
珍しく話題に乗ってきたな、と、ダオがモニター向こうのマレに視線を移す。
操縦席に座っていてもわかるすらっとした長身の体躯。背後から一見しただけで思わず振り返ってしまう細い腰のくびれと引き締まったヒップライン。それでも何処か女性の骨格を無理矢理保っている不自然さが彼女?ーーマレにはあった。
真正女のあたしが普通に嫉妬しちゃうんだけど。ダオはそんな言葉をグイッと喉奥に呑み込む。
「ーーで、どうよ。乗り心地少しは変わった?」
マレはダオの問いかけに、ふーんと気のない息を吐いただけで特に答えるわけでもなく、手の置き場やフットペダルを押したり引いたり、踏んだり戻したりを繰り返している。
それを見てダオもまた、ふーん、と息を吐いた。
モニターからはどうやっても操縦席の感想は伝わらない。制御室の細かい調整は数値化されて表示はされているものの、その日の体調や気分で変化するナマモノの感覚はいつだって流動的だ。これで最適なんてものは本人以外わかりようがないし、本人にしたって体調を完璧に把握できているかどうかなど怪しいものだ。だから、他人で、ましてレディーボーイなぞの感覚など、ダオに分かろうはずもない。
それ以前に、正直、そんなこと考えたくもないわ。心の中で吐き捨てる。
モニターは双方向だ。ダオの表情を読んだのか、マレが小首を傾げて不満そうにするのが見えた。
「なんだよ。やりたくねえならそう言えよ。ただしに言って変えてもらうからさ」低音で心地良いマレの素の声がヘッドフォン越しにこだまする。
つくづく敏感なのね。
勘の良さを買われて最新鋭マシンパイロットへの抜擢に至った経緯は知っているが、仕事とはいえ、お互い人間同士だ。どうしたって個人的に、合う、合わないというものが出てくる。
仕事だと割り切っている部分があるから、ダオはマレに対して多少なり阿るくらいのことはしている。しかしそのことを一旦横に置いて一呼吸し、客観視してみても、ダオにしてみたらマレは正直言って、性格的に合わない部分が多い。それこそ前世での因縁を疑う勢いで、だ。
モニターの向こうでマレが乱暴にヘッドフォンを外したのが見えた。彼女の目がすでに光を失っている。死んだ魚の目というやつだ。
「調整終わり。ひとまずこれでいいや。おつかれー」
そういう、どこか冷めていて、なにかを見切ってるぞって、顔が、気に入らないんだよ。
モニターからわざと離れて、ダオは虚空を数回拳で殴る素振りをした。壁を叩けば音が出るし、舌打ちはマイクが拾うだろうと思ったからだ。
気分屋が!
赤い縁取りの眼鏡のレンズが、上昇した体温で少し曇った。それがお気に入りの眼鏡だったから、なおのことダオには腹立たしくて仕方なかった。