日本2062 有限会社ミンケイの場合の、10
ミンケイバーの巨体から放たれる風林火山の剣閃は、ひとたび振れば嵐を起こし杉の香りを撒き散らす。
うん百年の長きにわたって自生してきた屋久杉の硬度たるや凄まじいもので、これまで運悪く直撃された高層ビルで形が残っているものはただの一つとして存在しなかった。
「今日は外すなよ!」太平洋の言葉はややもすると揶揄しているように響くが、決してそういった意味合いを含んだ言葉ではなかった。
世田谷の一件だけではない。これまで出撃した都心のほぼ全ての自治体からミンケイバーに関する苦情はあがっていた。
立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は百合の花――。ミンケイバーのおかげで、現在女性のたおやかさを表していることで知られるこの言葉が本来の意味を取り戻してしまったほどだ。
さらにこの言葉をもじって一時期流行った言葉が、
(ミンケイバー)立てば炸薬座れば爆薬。歩く姿は鬼百合の華。
それでも未だに組織が改変なり解散していないのには、地球侵略軍を曲がりなりにも確実に撃退してきたからに他ならない。
勿論、中には変わり者の信奉者もそこそこいて「巨大ロボとは元来そういうものだ」と唱え、多少の爆発、破壊行動なんてものは当然必要悪だと考えてくれたりもしたが、大半の真っ当な思考の持ち主は、できれば破壊はナシの方向でと口を揃えている。
地球侵略軍が何故か東京23区以外を標的にしないことも、他県の理解が得られない理由にもなっていた。対岸で燃える火は自分のところの火でないことを彼らはよく知っていた。
歴代の都知事は就任後必ず「奴らは東京になにか恨みでもあるのか?」と口にしたし、遂にはそれ専用の窓口として蔑称「それ専」を日本政府と協議して創設。問題のことごとくをそこに丸投げしてきた。
日本政府も一時はこれまで度重なる地震による災害を見越して温めてきていた首都移転の構想をここぞとばかりに持ち出そうと画策したが、「宇宙人が来たから逃げ出すのか」という政治家野党の勢いと当時まだ首都機能が残っていた住民らの反対にあって頓挫したままになっていた。
結果、仕方ないよね、という日本民族の固有スキル「忖度」の発動により、大量の国家予算が宇宙人侵略対策に盛り込まれてしまい、現在に至っている。
都民は自分たちがさりげなく人身御供になっていることを薄々感じていたし、結果的に自分たちがした選択がこの状況を招いていることを心の底では認めていたから、東京を防衛してくれている限り、ミンケイバーを完全悪とも糾弾できずにいた。
「千葉県民はもっと理解があっていいはずでしょうよ!千葉なのに東京ディズニーランド抱えてるんだからさぁ!」右京の叫びは勿論、気勢あがっての讒言だ。二十歳を迎え、いちおう成人の儀を終えた彼女はこれから大人のかわし方を身につけていくことだろう。
だが人間が完全に成人するのには個人差もあれば、自身が成人したと言い切っただけでは説得力が足りない。周囲を取り巻く多くの他人が納得して、初めて「大人になった」と認定されるのだ。
そういった意味合いで、年齢不詳の太平洋を除けば二十三歳の鳳を筆頭とするミンケイバーのパイロットたちはまだ若かった。ピンチになれば馬脚を乱したりもするし、判断を誤ることもする。
ミンケイバー操作の主導権を握る鳳が杉の香薫る風林火山を上段に構え、鰐型巨大獣をまさに打ち据えようとしたタイミングでケイバ―ライトから電磁砲が放たれたのは、まさに彼女の『若さゆえの過ち』だったのだろう。
「――何ッ!」
反動があって、斬撃の軌道がずれた。
鳳がどうにか姿勢を制御しようとするが、打ち下ろした風林火山は止まらない。
斬撃は巨大獣を大幅に逸れて葛西臨海公園の大観覧車をきれいに真っ二つにした。
「うわああああああ!」
やっちまった!と誰もが思ったから、今のは図らずも全員揃っての絶叫だった。
昼間が温かかったからと言って夜に油断していたりすると、途端にフッとした冷えが風のように過ぎることありませんでしょうか?そんな時、寝酒に一杯ウイスキーをグラスで煽ったりしたら、カッコいい……のでしょうかw




