日本2062 有限会社ミンケイの場合の、3
連休ですね。もちろんそうでない方も大勢いらっしゃるかと思います。先日私事が重なって本来一日一話と決めて書いていたものが遅れましたので追加話をそっと出しさせていただきます。
本日もお仕事の方お疲れ様です。お休みの方はどうかごゆっくりお過ごしください
東京ディズニーランド。
ネズミが主役のキャラクターが中心に、かつて平和だった時代に一大アミューズメントパークとして名を馳せた場所だ。
佐藤右京と左京はその近くでの仕事ということもあってあきらかに浮かれている様子だった。
会話から黄色いはしゃぎ声が途絶えなかったので、太平洋は双方向通信のスイッチを切った。
彼の表情は塑像のように固まっていて、眉ひとつさえ瞬の間も動かない。
緊急事態に備えて双方向通信のスイッチには管理者権限が採用されている。短いビープ音のすぐ後にケイバ―ジェットの鳳から太平洋への連絡が入った。管理者権限だ。
「仕事に私情は挟むな」鳳の言葉は短く、端的だった。
太平洋からの答えはない。固定画像ではないかと疑いたくなるほどに、鳳から見えるモニターの中の男の表情に動きはなかった。
二十六歳独身、結婚歴なし。自己プロフィールはそう謳っている。
彼の名前は太平洋。
鳳はため息をついた。最近、自分でもため息の回数が多い気がしていた。
鳳皇――本名を大鳥鴻という。
ミンケイに就職するにあたり出された条件が形而上での氏名変更と、言葉の語尾に『ぜ』をつけることだった。
大鳥鴻は正直言って自分の名前が大仰すぎると思ってはいたものの、決して嫌悪感を抱くようなことはなかった。格好いいとさえ思っていたほどだ。『ぜ』についてはほとんど自分でも忘れていて使わないことが多かった。条件提示をしてきた神宮寺さえ、従業員が一人だったこともあって今ではすっかり忘れているようだ。時折思い出したように出てくる『ぜ』は、鳳にとっても苦い台詞になっている。
当時のミンケイは――といっても数年ほど前の短いスパンでの話だが、神宮司社長がまだ佐藤次郎を名乗っていた時代で、それまで在籍していた人材が軒並みいなくなったことで急遽立ち上げた会社だった。
社名も現在の「ミンケイ」ではなく、「佐藤民間警備会社」だった。
ただ、面接の際にいざ門をくぐると、会社の名称はミンケイに改まっていたし、履歴書の宛先として記入した相手はいつのまにか神宮寺時宗に差し替えられていた。
大鳥が面接を受けた際の面接官は現社長の神宮寺であったけれど、よれた白衣の胸元についていたプラスチックの名札には佐藤次郎としっかり明記されていた。
もちろんそんなことを突っこめるようなノリも気概も就職難で青色吐息だった当時の大鳥にはなかったから、必然的に記憶していたことについてもあえての知らんふりを決め込んだ。
就職決定後、鳳にいきなり預けられたケイバ―ジェットはどこからどう見ても飛行機で、大型特殊免許(ただし農耕車に限る)しか持ち合わせのなかった彼には運転できるはずもなかった。
どうにか預けられたマニュアル本を紐解いて無免許ながら今でこそ乗りこなしているものの、未だ無免許であるのに違いはない。
しかしそもそもこんな緊急事態下にあって実際稼働している免許センターなど都内には存在していなかったこともあり、事情を知っている一部の関係者はあえての見ざるを決め込んでくれていた。
江戸川区が近づいてきて、すでに動かなくなってしまっているテーマパークが視界に入ると太平洋の大きな嘆息が嫌でも鳳の耳に滑りこんできた。
「ネズミの国に一家言ありそうだな」あえてインカムでの個別通話で太平洋に語りかける。
モニターの向こうで一瞬眉をひそませる太平洋の顔を鳳は認めた。
察してか「――自分の子供がね、好きだったんですよ。ネズミの国。でもね、それも宇宙人の奴ばらに台無しにされたんですよ。アヒルも、乳歯の少年だって誰も助けてくれはしなかったんです。俺も例に洩れず逃げました。なんかその時新しくできたアトラクションがあって、嫁と子供はその中から出てくることはなかったんです。だからひどい顔してるのは――どうか勘弁してください」
それ以上なにも訊けない雰囲気に、鳳皇は閉口するしかなかった。
ネズミの国をいまだネヴァーランドと信じている右京と左京の高い声が、鳳の耳にどうしても鋭く刺さって抜けそうもなかった。
「リーダー面して格好なんてつけなきゃ良かった……ぜ」
それは鳳の本心がだだに洩れた言葉だった。戦闘に入る前に心が恐ろしく萎えているのを鳳皇は感じていた。そして同時に気付いたことがある。ディズニーランドは当時の――太平洋の言う侵略行為によって破壊され、安全面や他の混み入った理由によって閉鎖してしまっている。しかしそれは2062年の現在からおおよそ三十年以上経過している話である。
ゾッとした。
この戦いを無事に戦い抜いて太平洋のプロフィールをもう一度確認しなければ、死ぬに死ねないと――思ったからだ。
前書きでありますとか後書きの使い方を失念していましたので、これからはちょっとずつ使っていこうかなと思います。閑話休題ということでどうかご笑覧ください




