日本2062 有限会社ミンケイの場合の、1
西暦2062年。日本はまだ滅んではいなかった。
地球侵略軍は変わらず神出鬼没を繰り返していたが、二年前のように数日おきに襲撃をかけてくるといったことはなぜかなくなっていた。
「今、ほかの国ってどうなってるのかな?」退屈そうに佐藤右京が呟いた。おおよそ一週間を目処に彼女は同じ言葉を紡いでいたが、ミンケイの誰もその問いに答えることなく閉口を貫いていた。実入りのいいアルバイトだったはずの侵略軍退治が激減していて、迂闊にこの右京の言葉に反応しようものなら八つ当たりされる未来が容易に想像できたからだ。
まあそれとは別に右京の問いかけはもっともな話で、太陽風が隆盛を誇る少し前までは少なからず入ってきていた各国の情報は、年を重ねて通信が寸断寸前までになってしまった後はほとんど入ってくることはなくなっていた。
それこそ右京や左京が生まれてそこそこの自我を獲得するころには、外国という外国が完全途絶状態であったから、アメリカや中国、ヨーロッパといった諸外国自体、彼女らにとってみれば霧のむこうにあるうろんな世界であった。
日本人なら日本語だけ話せれば良し、という鎖国的としかいいようのない祖父の言葉が現状で右京達世代の常識として確立してしまったのには相応の歴史的背景が存在している。
「ねえ、アラタはそのあたりどう思っているのよ?」右京の矛先は自分たちより数年年上の男子に向けられた。
栗色のややクセっ毛気味な髪を中途半端に伸ばした――少年と青年の葉境にいる彼は、口を開くのも億劫であるという雰囲気を醸しながらも「僕は、自分のことも十分にこなせていないので、世界のことになんて考えも及びません」と明確に切り捨てた。これ以上無為な時間は費やしたくないという意思表示が静かに伝わってくる。
「もう、日本以外どこも残ってなかったりしてさ」
右京がまた言葉を飛ばして周囲の表情を窺った。
「今度ケイバ―ジェットでひとっ飛びしてきてもいいな。ユーラシアならそんなに遠くない」
鳳皇が冗談とも本気ともとれない言葉を出すと、
「撃墜されるかもですし、そもそも燃料費は誰持ちなんです?」佐藤左京が冷静に返す。
「まあ、自腹覚悟なら止めんよ?帰ってきたころには社長からの請求書で首が回らなくなるんじゃないのか?」ここぞとばかりに太平洋が嘴を突っ込んでくる。
「燃費が悪いって、酷いな。ミンケイバーってハイブリットな筈だろ?」と大地駆。
「そういうのをひっくるめてもミンケイバーは燃料を馬鹿食いするのだ。今月もすでに半ば過ぎだというのに宇宙人はまったく動きを見せん。正直このままだと赤字直線まっしぐらだ」昔ながらの深緑色をした鉛筆の芯を舐めてすっかり舌を黒く変色させた神宮寺時宗が、悲壮な顔を隠すこともせず割って入ってきた。
「思うに、まるで連中はそれまで探していた物をなくしてしまったようだわい」
神宮寺時宗の言葉の意味はその場の誰もよくわからないものとして隅に追いやった。
老人の戯言半分で聞き流したのと、久々の宇宙人侵略警報が鳴り響いて意識が一気にそっちへとシフトしたからだ。
「江戸川区に無人偵察円盤出現!総員、スタンバイ!ミンケイバーGO!」
気炎が上がる。




