民間警備会社(有)ミンケイの事情の、1
機械が大型であればあるほど、それこそ徹底した整備環境と優秀なスタッフが肝要なはずだ。
今日もほとんど徹夜同然でマシン整備をおこなう佐藤次郎(73歳)は、いまだ現役でいることに多少なりの不安があった。不満ではなく不安であることは、彼が生来機械好きであったことに起因する。多少の面倒ごとは手を動かしてさえいれば解消されるからだ。
「それにしてもこのミンケイバーというやつは……」
技術の粋。最先端科学の集大成。画期的発想力のなした産物――。正直制作者に対して礼賛の言葉以外浮かばない。
だがそれもコンセプトが根幹からずれてさえいなければ、の話だ。
合身時の全長60m。体重602t。
巨体が唸って空を飛ぶ昭和の伝説的アニメのロボットをあえて上回らせた仕様に、設計段階で文句が出なかったわけはなかった。
構想では十六体合体さえ上がったものを従来の五体合体ならぬ五体合身にとどめたことは、今となっては称賛にさえ価する快挙に等しかった。
よく巷で「音楽性の違い」によるバンドの解散が話題に上がるが、宇宙進出を図っていた時の科学者連中にもその流れは少なからずあって、巨大ロボット思想と高機動型マシンの開発、環境適応型へのシフトなど熱い議論が日常で繰り広げられていた。
結局その時在籍していた四人の科学者はそれぞれ自分の主張を曲げることなく千々になってしまったが、もともとの出自であった研究の粋はいまや有限会社「ミンケイ」として現在まで継承されている。
佐藤次郎――いや、今は神宮寺時宗(73歳)と名乗っている民間警備会社社長は、合身時の装備武器の多さに辟易の念を隠せないでいた。
当初六十余りあった武装は、現在八割程度削った。それでも追いつかない整備のせいでミンケイバーは連日の稼働ができない状況にあった。
鳳皇を始めとする操縦者は、当初の予定である七人のところを五人で回している。本来であれば胴体部分にあたる二号機ケイバ―アームと三号機ケイバ―ボディーは別々の機体であったし、四号機と五号機にあたるケイバ―足(右)と(左)はそれぞれ分離しているはずだった。
本来武器のデパートと呼ばれて差し支えのなかったコンセプトから大幅な縮小に転じたミンケイバー7Yは、利便性と破壊力が高い武器だけに特化したイロモノ破壊兵器としてその地位を確立しつつあった。
そもそも操縦者の採用人事の理由は個々の持つ能力や来歴などではなく、主に彼らの名前による社長の独断だった。
それでも名前にインパクトが足りないと感じた神宮寺は、改善と称してよりそれっぽい名前にまで寄せることを社員に強要した(本当は戸籍まで手を出したかったがそこは流石に猛反対にあって(主に孫たち姉妹に)現在断念している)。
鳳皇(本名大鳥鴻)ケイバ―ジェット搭乗。
大地駆(本名)ケイバ―アーム+ケイバ―ボディー搭乗。
太平洋(本名大平洋)ケイバ―足(右&左)搭乗。
佐藤右京(本名)ケイバ―シューズ(右)搭乗。
佐藤左京(本名)ケイバ―シューズ(左)搭乗。
正直盛り上がったのは立ち上げの一週間くらいで、その後は不規則なな労働環境と過剰と揶揄される活動批判、安価な賃金設定に社内でも不満が蓄積しつつあった。
せめて整備担当があと二人――いや、贅沢は言うまい、あと一人でもいてくれたなら、巨大獣の跋扈する首都東京に連戦の嵐を巻き起こすことができるものを。
神宮寺時宗はそんなことを従業員が望んでいないとも知らず、一人熱くなっていた。
なんなら『必殺武器をいくつか秘密裡に追加してしまおうか』ぐらい考えていた。
いつの世も雇用側と雇用される側の溝は深い。




