遥家の家庭の事情の、4
遥迅速がロウの家出を知ったのは不覚にも翌日の早朝だった。
もしかすると隙を見て自室に来るのでは、と案じた迅速が部屋に籠じていたことが裏目に出た結果だった。
早朝に必ずと言っていいほどランニングに出るロウが部屋を出てこなかったときに気付くべきだった。学校へと登校しなければいけない時間になっても気配のない状況に業を煮やした迅速が部屋を訪れたときには、部屋はすっかりもぬけの殻だった。
ええい、と呻いてみるが後の祭りだ。
即座に頭を切り替えて、ロウが立ち寄りそうな場所に思考を巡らせる。
しかし思い切ったことをしたものだ――さすがあの人らの子供だ。
悔しさ半分の気持ちを飲み込む。
スマートフォンを手に取る。できれば会話もしたくない名前が表示されるが、やむを得ない。
太陽風の影響下にあって電波障害がある通信事業は軒並み衰退していた。実際スマートフォンを持っているユーザーは、最早ユーザーというより内蔵されたカメラや更新されなくなって久しいアプリを使途にしている人口の方が断然多かった。
そんな中にあって迅速の携帯はしっかりと相手へのコール音を鳴らしていた。
出てくれるな――そんな思いもあったが、総じてこういった願いは適わないのが世の習いだ。
なんだ――、と愛想のない男の声がした。
「息子に――いえ、ローエングリンに、逃げられました」
はあ、と電話越しにも聞こえるほどの嘆息が耳に刺さる。
「どこに逃げたのかくらいは当然把握しているのだろうな?」
――皆目、と言いかけて言葉を呑み込む。
「だからこういった時のために身体に埋め込んでおけと言ったのだ。なまじに情などをまじえるからこういうことになる」
最初の声とは別の声だ。
「全力で、探します」
「当たり前だ。ようやく兆しが見えたのだ。今の段階で奴が我々の手を離れるのは非常にまずい。あってはならんことだ」
また別の男の声。
「――とりあえず現状を報告いたしました。即座に探索を開始します」
「貴様の手に負えないようならばすぐさま報告をするのだ。こちらも対処を考えねばならない」
遥迅速にはその言葉の意味がよくわかっていた。彼らの言う『対処』がいかに大掛かりなものなのか。それはロウに兆しが見えたとはいえ、あきらかに現段階において時期尚早なものだ。しかしあえてそのことには触れず、迅速は「承知いたしました」とだけ発した。
電話を切る。
ローエングリンの面倒を見るようになって四年?いやもう足かけ五年になるか。これがいわゆる『反抗期』というやつなのかもしれないな。自分の掌でいつまでも転がされてはくれないか――。
「まるで本当の親になったような気分だぜ」
白髪の多く混じった長髪をかきあげ、ゴムで一つに結ぶ。
今、ロウにいなくなられるわけにはいかない。こちらにはこちらの都合がある。
遥迅速の瞳に決意の光が宿る。




