遥家の家庭の事情の、3
狼狽する。
予想できなかったことが目の前で突然起きると大抵の人間は思考停止して動きを止める。
もちろんロウも例外ではなかった。
どう答えるのが正解なのか考える時間はもう残っていない。返答が遅れるだけ疑いは深く、濃さを増す。
そう、あきらかに今、父親が自分を疑っている。
父親は黒だ――刹那、そう直感した。
だが、それはいい。父親が黒だと仮定するなら、今はただ、何が何でもこの場だけはやり過ごさなければならない。この瞬間にこの場でどうにかされることだけは避けたい。
答えの正解はわからない。こうなれば今は自分の隠しきれる限界のところの答えを示すしかない。
顔に出ない、語尾も澱まない、そんな嘘を、今は吐かなければならない。
相手が『そうなんだ』と思える言葉を選ばなければならない。
心拍数が上がっているのを感じる。手が自分でも驚くほどの汗を帯びている。
「どうした。顔色が悪いぞ」折よく迅速の方から切り出しがあった。
「そうかな。多分、ガラにもなく走ったから疲れてるのかもしれない。結局、単純にテンパってただけなのかもしれない。昔から『僕は特別だ』って言ってたこと、あったじゃない?まあ、感、極まるっていうのかな。つい言葉に出ちゃったんだと思う。今思い返せばさ、あの黒い大きなものだって、単に雲に隠れて出てきた姿が舟に見えたんだよ」
一拍間を置いて「――そうなのか?」と、迅速の低く、滑りこませてくる声が鳴る。
自分が『ホウレン』と呼んだ薪をかつぐ老父に攻撃の意思はなかった。あれは舟だ。もとから攻撃する手段を持たないものだ。星から星へと移動する船団の一隻でしかない。
黒い霧を体にとりこんでから、そのことは明確になっていた。
記憶とかそういったものではなく、ロウには認識としてそれを理解できていた。
ホウレンは何かを見つけ、その何かを回収するために降りてきたのだ。
その『何か』についてまではロウにもわからなかった。あくまでも自分は巻き込まれたのだという認識が先に立っている。
それでもロウの直感が、このことを迅速には話すべきではない、と告げていた。
迅速の部屋にはなにかある。
しかし今、それを追求することは不可能に思えた。下手な動きを見せれば迅速だって気づく。それは確定した未来だ。
「いろいろあって、疲れた。今日は早々に寝るよ。明日、朝早いんだ」
「飯くらい一緒にどうだ?なんなら、何か買ってくるが」
いいよ、と軽く答える。恐らく迅速は、今日は家を空けることはない。
鍵をかけた部屋をこじ開けられる可能性があるなら、これはこれで呼び水だ。
部屋に侵入した途端、御用!なんてことになりかねない。
そういった意味でロウは迅速を信用している。
彼に限って、そんな雑な尻尾は見せない。
その日の夜、ロウは二階の自室から、家を出た。




