遥家の家庭の事情の、2
ロウの背中に緊張が奔った。
当人が帰ってきたのだからなんのことはない、疑問に思っていることを問いただせばいい話だ。
しかし、事ここに至ると急にはその言葉が見つからない。
怖気づいたと言われてもしかたのないほど、ロウの頭は混乱していた。
なにから切り出せばいい?
父親の仕事が本当にドライバーであるのかを訊けばいいのか?
それとも自分が本当は宇宙人となにか関係があるんじゃないかと問い詰めるか――いや、それは唐突過ぎるし「そうだ」と言われたらこっちが立ち直れないかもしれない。
十四歳まで記憶のない僕の本当の過去はどうだったのかを訊くべきなのか?
『本当は?』という言葉がこれほど胡散臭いものに聞こえる日が来るとは思わなかった。
結局、人は見たい自分しか自分には見せてはくれないってわかるようになる――切鍔の言った台詞が頭に浮かんだ。
とりあえず階下に降りる。玄関のポーチには明かりが灯っていて、ちょうど迅速がブーツを脱いで家に上がろうとしているところだった。
「おかえり。今の仕事ってブーツオーケーなんだ?」すんなりと言葉が出た。
「おう、配達ってのは意外と舗装のなってない道も多いからな。この方が便利なわけよ。それよりお前、俺より早いところを見ると野次馬はとっとと切り上げて帰ったみたいだな。まあ、あんまり危ない真似はするんじゃねえぞ。いくら男の子だっつっても人間死ぬときゃ一瞬だからな」
一見していつも通りの他愛ない会話のように思えた。しかしロウにはどこか引っかかる点があった。
これも私見のなせる業なんだろうか。素直に迅速の言葉が入ってこない。
「親ならもう少し心配するもんじゃねえの?」
かろうじて絞りだした言葉に迅速は目を丸くして動きを止める。
「行きたいから乗せてくれって言ったのお前だろうがよ」
「そうなんだけどさ」
「じゃあ、俺はすこぶるいい親じゃねえか」
言葉が止まる。
「なんだぁ?もっと心配してほしかったのか?」
「いや、そういうわけじゃないけど………」
どうにも歯切れが悪い。
「じゃあ、お前が車の中で言ってた『舟』とか『ホウレン』ってものの正体も結局わからずじまいだったのか?」
「聞いてたのか?」
「そりゃああれだけ大声で叫べばいくら運転してても聞こえるわな」
カマをかけるつもりがこれでは立場がまるで逆だ。
でもこれでかえって訊きやすくはなった。
もしかして話のきっかけになる呼び水を、あえてこちらにくれたのかもしれない。
しかし次の言葉を放ったのは、こちらではなく、迅速の方だった。
「――で、舟とかホウレンてのは一体何だったんだ?」
父の目にいつものふざけた感じの光は浮かんでいない。それどころか言葉を間違えようものならどうにかされてしまうような危うささえ湛えている。
それは決して私見からそう見えているのではない。それは、断言できた。




