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遥家の家庭の事情の、1

 遥家は国立天文台と元の米軍基地跡地のちょうど間ぐらいの場所にある。道幅は総じて狭いため、父は転職をきっかけにそれまで乗っていた大型のジープを手放して今のミニクーパーに乗り換えた。

 ロウ(ローエングリン)は川を南に臨むこの立地と景観が好きだった。まあ、絶えず薬の匂いが充満している病院以外ならどこでもよかったということはあったものの、今では掛け値なしに好きだと言い切れた。

 送ってもらった場所から少し歩いて自分の自転車を取りに行き、家までの道すがらにすれ違った車は一台、人はまだ若い親子連れが一組だけだった。家込みになっているこの辺りにどれだけの人が住んでいるのか詳しくは知らない。おそらくこのあたりの住人も細かくそんなことを把握している人は少ないのじゃないだろうか。

 東京が宇宙人の侵略を受けるようになってこの方、三鷹よりももっと都心部では最初ホームレスや窃盗目的の空き巣が多発していると聞いてはいたが、ここ三鷹ではそんな話も少ない。

 父曰く、日本人はそこそこわきまえているから、らしい。かつて日本が幾度か震災の脅威にさらされた時も、レジも電気もまったく役に立たなかったコンビニで、盗みを働くでも取り乱すでもなくきちんと整列して順番待ちをする住民の姿を見たらしく、酔うと時折その話をぶり返す。

 「これが海外だったらそうはいかない。すぐ暴動になっちまう」

 耳タコだったが教えとしてロウの頭には刷り込まれている。


 なら父だって日本人として、()()()()()()()はずだろ?


 シャッターを開け自転車を格納する。ミニクーパーはまだ車庫に戻ってきてはいないようだ。

 覚悟を決めていた分、拍子抜けする。しかし、それと同時にホッとしている自分もまた自覚できていた。

 先延ばしになったっていつか来ることだろうに、と考えると自身への見苦しさを禁じえない。


 まあそれならそれでやることはある。


 玄関の鍵を開けリビングを通り、ひととおり手洗いうがいをする。

 二階へと上がり自室で制服から私服へ着替える。再び階下へと戻り冷蔵庫から牛乳パックを取り出してグラスで二杯あおる。


 意を決して二階、父親の私室前へ。


 ためらわずノブを握って、引く。


 ――開かない?

 

 そう頻繁に訪れているわけではなかったが、迅速(父親)のあけすけな性格を考えると鍵などで部屋を封ずる性格ではなかったし、在宅中の場合部屋は必ず開いていた。

 空き巣や泥棒が怖ければ玄関や窓に鍵をかけておけばいい。そもそも薄給だと嘆くただのドライバーの家に盗んで得になるようなものがあろうはずもない。

 家に盗まれるものがないとして、なぜ部屋に鍵をかける必要がある――?


 切鍔の言葉が蘇る。


 『職業はドライバー?これまで何も運んでいる形跡もないのに――?』


 ぞっとして、その場で血の気が引いた。


 だったらこの鍵は、()()()()()()()()()()鍵なんだ――?


 思い当たる人物は一人しかいない。


 ――それは、僕だ。


 階下で音がした。「ただいま」の声がした。

 

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