インターミッションその2 それぞれの内部事情の、8
「まあ、さほど時間はありませんがじっくり考えてください」
切鍔の投げかけてきた言葉が遥に深く突き刺さっていた。去り際に、あと一言二言あった気がしたがまったく頭に入ってこなかった。
帰り道の廊下で、柊陸曹がしょげこんだ遥の背中を叩いた。脱力していたせいかことのほか体が前に飛ばされて転びそうになる。それでようやく正気に戻ることができた。
「かける言葉が見つからなくてつい背中を叩いちまった。悪いな」悪いなと口にしたわりに、当の本人にはその感情は浮かんでいない。
「そういう時は『背中を押してあげたんだ』って素直に言えばいいのよ。ホント不器用なんだから」久能が言葉足らずの柊をフォローする。
「隊長はなんでも力業でどうにかしようってきらいがありますよね、昔っから」田辺がすかさず揶揄の言葉を入れた。
この人たちは本当に親切で自分を匿ってくれたのだと、遥はなんとなしにそう思った。
切鍔の言葉が頭の中にフィードバックする。
『日本の防衛線を担う救世主となるか、地球を侵略する宇宙人の先鋒になるか』
切鍔に即答しなかったのは遥なりの理由があった。選択を二択にされたくなかったのだ。
ああやって詰められた時でも遥はすんでのところでかろうじて理性を保つことができていた。
第三、第四、あるいはそれよりもっと多くの選択肢があるんじゃないか?
初めてあの黒い物体――巨大獣と自衛隊の人が呼んでいた――を見た時、遥はそれを敵だとは認識できなかった。あれは『舟』で、獣ではない。そして遥はそれを『ホウレン』だと思った。
自分の口から出しておいてなんだが、遥はホウレンという言葉に思い当たる節はなかったし、空から落ちてきた黒い塊は舟というより自衛隊の人が名付けたように巨大獣と言った方が形容としては正確であるように思えた。
それに自分の体に流れ込んできた黒い煙にも、異物感こそあれ恐怖は感じなかった。
多分、僕はあれらを知っている――。
そしてそのカギを遥迅速――父親が持っている。
切鍔の言葉を鵜呑みにするわけではなかったが、わが父親ながら捉えどころが少ない実感はあった。
柊たちの送迎のおかげで帰りはスムーズなものだった。もちろん自衛隊機で送られたわけではなく、自衛隊色に塗られた運搬用トレーラーにトルーパーのついでに乗せてもらったのだが。
「ついでになってしまってすまなかったな。俺のマシンががちがちに固まって動かなくなっちまったもんだからさ」柊が申し訳なさそうに遥に弁明するが、もともとは遥が巨人になった際に吐いた吐瀉物が時間を置いて固まってしまったのが理由だった。
柊陸曹はどうやらその事実をまだ知らされてはいないようだった。
「最初は関節がスムーズに動いて調子良かったんだがなぁ」と首を捻っている。
遥が謝罪しようと口を開きかけるのを久能が止めた。
「意外と近すぎて見えなかったのかもね。面白いからこのまま黙っていましょう?」
「そうですよ。知らぬがなんとかって言いますしね」
久能にしても田辺にしても、お互いをいい距離感で相手にしているのが伝わってきて、遥にはそれがとても心地よかった。なんでも気兼ねなく話せる付き合いをしているのか、今度機会があったら訊いてみようと思った。
自分は父親とそういった関係を築けていないかもしれない。
漠然とした不安を抱えたまま、遥ローエングリンは家の帰途へつく。




