インターミッションその2 それぞれの内部事情の、7
「結局、遥は大丈夫だったのかな?」
三鷹駅で同じタイミングで避難してきていた母親に少女を託した浄然薫梨と寺門防主は、遥ローエングリンと別れた方角に視線を飛ばしていた。
すっかり避難が完了した二人の視線には人影はない。円盤のキュルキュルいう音もここまではもう届いてこない。
「まさか今から追いかけて行くわけにもいかないしな。無事だと信じよ?あいつ、けっこう悪運あるから大丈夫だよ」
肩を押すような形でより安全な方へと浄然の体を誘導するが、思った以上に頑な力がこもっていることに寺門は驚く。肩から手を離して歩き出す。
「――先行くぞ?もしかすると遥だってどこかであきらめてこっちに来てるかもしれない」
そんなことはまずないだろう。わかっていてもそんなどこか野暮ったい台詞しか浮かばなかった。自己嫌悪に陥りそうになる。浄然の気持ちが遥に対して強く向いていることが、少し門前の気に障っていた。
先に行って振り向いて、ようやく浄然がこっちに歩き出したのが見えた。安堵したのも束の間「――ねえ、あれ!」と浄然が声を上げた。振り返る。遥か?と一瞬期待したが、浄然の指先はずっと遠く、斜め上を指していた。
「なんだあれ。もしかして噂のミンケイバーってやつか!?」
遠目ではあったが発行体が空から降りてくる黒い塊を下で支えているのが見えた。
「あの黒いのが宇宙怪獣だとして、その下の光ってるのも相当大きくない!?」
「あんなのが攻めて来てて、あれとおんなじくらいデカいのが日本のテクノロジーの粋ってやつなのかぁ?」
寺門の中で少年の心が無駄に沸きたつ。
「宇宙人なんてやっちまえぇ!」すっかり仏教でいうところのアヒンサーの教えを忘れ、拳を振り上げて届くはずのない声援を送る。
同時刻、八丈島の日本流体力学研究所では、機体調整の芳しくないノーシェイプのコクピット内でマレが長い四肢をしきりに振り回していた。
「こんな大事な時にコーティングが決まらないって、デート前の小娘かよ!」
「他人の鼻を借りて息をしてるやつに言われたかないんだよ!男なら黙って座ってろ!」
「あたしを男っていうんじゃねえよ!このペチャパイ女!」
マレもマレならダオもダオだ。見かねた研究所所長の丸目長恵が割って入る。
「あんたらどっちもいい加減にしな!どうせ間に合ってもあたしらの手には負えないよ!今回の巨大獣がいったいうちのノーシェイプの何倍デカいと思ってんだい!」
小笠原ミルが不安そうにやりとりを見守る。こんな時二人に割って入って良かったことなどこれまで一度だってなかった。
案の定――「うるせえクソ婆あ!参加しときゃとりあえず金になるだろうが!あたしは金が要るんだよ!」とマレにキレられ、「それだったら間に合うようなコーティング許可してくださいよ!こないだだってうちのノーシェイプちゃんボロボロになって飛んで帰ってきたんですよ!?もっとスラスター強化するとか予算組んでくださいっ!」とダオにもダメ出しをされた。
「ほぅら、言わんこっちゃないんですよ」嵐が頭上を過ぎ去るまでひたすらしゃがむ。最近小笠原ミルが学んだことだ。
頭上ではマレとダオの対応にこれまたキレた丸目長恵が加わって、新たに三つ巴でのバトルが始まっていた。そんな折、小笠原ミルのスマートフォンに一通のメールが届く。
『お姉ちゃんへ。月の兎、見つけたよ』
メールのタイトルにはそう書かれていた。




