インターミッションその2 それぞれの内部事情の、6
「――父に、相談したいと思います」
遥ローエングリンの回答は、いったんこの場を逃げ出すための方便としてなら模範解答のひとつだった。その証拠に場に居合わせた自衛隊の三人の表情にはなぜか安堵の色が浮かんでいたし、その顔色の変化を見て遥自身も正鵠を得たと実感し得たからだ。
ただ一人、切鍔だけが別感想を抱いたようだったが、あえてこの場で即座に口をはさむ気はないようだ。フッと鼻を鳴らした音だけが耳障りに響いた。
柊陸曹が切鍔の態度を嗜めようと感情を露わにしたが、それを久能が身体を張って押しとどめた。
「遥君のその選択が正しいものだといいんですがね」
意味深長な言い回しが遥の胸に刺さった。この場を一刻も早く立ち去りたいという気持ちを見抜かれている気がした。切鍔は積極的協力はしないと言った。それは協力はしないわけではないが、もし状況が変わったらその限りではない、とも取れる言い回しだ。そうなれば最速でこの建物を出た途端に拘束してくる可能性も否定しきれない。
先がまったく見えない展開に、遥ローエングリンの思考は混乱を通り越してごちゃごちゃになっていた。
自分のルーツを知りたかっただけなのに、物事は予想に反して大きな波紋になって広がるだけ広がっていく。
自衛隊の三人を巻き込んでしまっていることも少なからず罪悪感になっていた。
もとから自分の謎を解くための最短ルートなんてものは見えていなかった。きっかけがたまたまあって、それに単純に飛びついただけだ。それがどうだ。
こんな大ごとになってさ。
一刻も早くこの場から立ち去りたいと思ったら何か悪いのか?
両肩にズシリと重しを載せられた感じがした。首がどうしても上を向いてくれない。
「これはどうも言い方がキツかったですかね」切鍔が差し伸べるような言葉を紡ぐ。
「――でもね、これが現実なんですよ。今や君は重大な選択を強いられている。大きく分けただけでも二択。日本の防衛線を担う救世主となるか、地球を侵略する宇宙人の先鋒になるか」
「僕は宇宙人の先鋒なんかには――」
「それはすでに君が決めていいことじゃなくなっているんです」
切鍔は手元のリモコンを操作した。遙たちの正面の壁一面に映像が表示される。
「これは――!」
画像こそ粗いものだったが、ほぼノイズのない映像からは一人の人間が巨人へと変容していく一部始終が映し出されていた。
「こんなの、俺たちのカメラでもなければ不可能な映像だ」
「しかし実際、ローカルではありましたがメディアに流れたものです。勿論、すでに削除済みで別映像に差し替えていますがね」
切鍔は続けた。
「誰がどのような意図をもってこういった行動に出たかは私にも確証はなく、正直、憶測の域を出ません。言えることがあるとすれば遥君、君はあの場に誘い込まれた可能性が高いということです」
遥には当然思い当たる節はない。自分の意思の指し示す方向へ、あの場所へ向かったはずだ。そのことに他人の意思の介入などはなかった。――なかったか?
遥迅速、自分の父親の姿が過ぎった。偶然あの場所に、通りかかったのか?そういえば切鍔が気になることを口走っていた。
『保護者は遥迅速――職業はドライバー?これまで何も運んでいる形跡もないのに?』
遥ローエングリンの表情が強張り、顔色がみるみる青ざめていく。
「どうやら少しは環境について疑問をもってもらえたようだ。父親に相談すると言っていたね?このことを踏まえてようく訊いてみるといい。きっと興味深いことに行き着くはずだ」




