インターミッションその2 それぞれの内部事情の、4
「僕が宇宙人じゃないって言ってもどうせ信じないんでしょう?」こういうとき口をついて出る台詞がどうしてもテンプレめいてしまう責任は、果たして口にした人間側にあるのだろうか。
いや、人間が生きるために必死になるからこそ、言葉が陳腐になりもするのだ。窮するからこそ意味不明な問答をすることでわざわざ寿命を縮めたりはしない。
それが、「普通」の選択だ。
強い意志を持った瞳で切鍔を睨みつける。
一見して陳腐とも思えた台詞の中に興味深い違和感を覚えたのかもしれない。切鍔がニヤリと音を立てて微笑んだ。
「僕はね、君が宇宙人ならいいなって、今本気で思いましたよ」
パチン、と指を鳴らす。
最初、切鍔のその行為がなにを意味するのかまったくわからなかったが、不思議なことにその音を聞いた直後からまるで重りを取り除かれでもしたかのように体からあらゆる束縛が消え去っていた。
それは遥だけではなく自衛隊の三人もまた同様だったようで、まるで狐にでも化かされた昔話の村人みたいに怪訝な表情を取り繕えずにいた。
「なにをそんなに驚くようなことがあるんです」
やれやれと、切鍔競は首を軽く振った。
「君たちも、悪かったですね。多少悪ふざけが過ぎた。もう体は自由なはずでしょう?」
「いったいなんのためにこんなことを」柊はまだ完全には納得できていないといった顔をしている。
「先んずれば即ち――ってやつでね。事が後手に回るのを僕は好まない。万が一ここで遥君に巨大化なんてされてみなさいよ。いったい誰がどう責任をとるんです」
「僕が巨大化しないってわかってたんですか?」
「確信は、ありませんでしたよ。ただこうまで追い詰められたら普通は巨大化するだろうなとは、思いますよね。なにせ巨大化されたらこっちに打つ手などありはしないんですから」
「それならそうと……」安堵の表情を田辺が浮かべるのを切鍔は厳しく制した。
「だからといって以後問題ごとを相談もなしに持ち込むような真似はしないことです。たまたま今回は遥君が理性的な宇宙人だったから良かっただけの話なのですから」
「そうか……って、え?」久能が頓狂な声を上げた。声にも驚いたが切鍔の言葉にはもっと驚くべき内容が含まれていたからだ。
「この子が宇宙人だって、そうおっしゃるんですか?」
久能の言葉は上ずっていて、ひどく滑稽に響いた。なんとなしにそうかもしれないと思っていたことを横から「そうだ」と断じられたことがこうもショックだとは思わなかった。
他人に判断をゆだねるという無責任な行為は、刹那的に身軽であるがゆえに負荷が直接自分に及んだ際の衝撃は大きい。かかわることを避けることでいったん身軽になった気はするが、それは単に現状から逃げているだけにすぎない。時間が経過して事態が好転すればいいが、悪化した場合はそれまで逃げてきた時間が稼いだ負荷もまた携えて襲いかかってくる。
そのこともそうだが、切鍔は婉曲的に「これまでのような付き合いは拒否する」と明言された。これもまたトルーパーズ側にとってはとんでもない痛手だ。
震える声で言葉を継いだのは遥ローエングリンだった。心なしか顔が青ざめているようにも見える。
「やっぱり僕は普通じゃないって思っていいんでしょうか。でも、宇宙人て、皆さんだって見方によっては宇宙人ですよね?」
言葉を選んでいるようでもやはりどこかひっかかりが弱い。暗中を模索している感が傍目でも容易に感じられた。
「そう、まさに遥君の言う通りです。宇宙人というのは我々を含むすべての知的生命体を総称するものです。彼も宇宙人なら、僕も君も宇宙人なんです」
「でも我々は巨大化ができない。その一点において私たちと君は別の種類の宇宙人だと区別できるわけです。この星の人間――いや宇宙人は、総じて巨大化できない。つまるところ、君は外来種であるということです。受け入れないと考える者は多いでしょう」
「でも僕は……」遥ローエングリンは言葉を懸命につなげようと試みたが、それが徒労だと悟るまでにそう時間は要さなかった。




