インターミッションその2 それぞれの内部事情の、2
最悪のタイミングだ。
切鍔競は頭痛のタネの芽吹きにはからずも舌を鳴らしてしまった自分を恥じた。
少年の目覚めとこの望まざる邂逅によって、完全にしらを切り通してすますという選択肢はなくなった。舌を鳴らしたのは、半分こうなることを望んだ自分自身を呪ったためだ。
「柊陸曹、いや自衛隊トルーパーズ。君たちはどうしたいんだ」踵を返して開き直る。
部屋を出た先は、またそこそこ広めの部屋だった。さっきと違うのはベッド以外なにもなかった殺風景な部屋から、ある程度威厳ある会見がおこなわれても障りのない重苦しい雰囲気にシフトしたことくらいだった。
軍装をした大人が三人と司令官のような立ち位置の男が一人いて、なんとなく司令官と見た男が遥ローエングリンの入室に気づいてにこりと微笑みかけてきた。
「どこか身体に支障のあるようなところはあるかな?」見た感じ友好的な様子だ。
警戒を解くつもりはなかったが過度な感情の発露は避けた方がいい気がした。
「おかげさまで、特には。僕はしばらく眠っていたんでしょうか」
「しばらくというほどではないよ、そうだね、ここに来るまでのことは把握しきれていないが――」切鍔が時計に目を落とした。
「――一時間と二十二分五十二秒程度は僕のベッドで眠っていたようだね。程度といったのは――すまないね、君が目を覚ましてこの部屋の扉を開けるまでの時間がおおよその推測でしか計れなかったからだ」切鍔はもう一度にこりと笑ってみせるが、彼の意図とは外れて遥ローエングリンの表情は作り笑いのままこわばってしまった。
部屋の中にある応接セットに誘導され、遥とトルーパーズの三人がソファに座らされた。もともと体躯の良い面子のせいで大きめのソファは実に窮屈な悲鳴を上げているように見えた。
コーヒーを準備すると言って席を外した切鍔がいなくなって、まず会話の口火を切ったのは柊陸曹だった。
「なんか、怪我がなくって良かったな少年」
「あなた、あの時僕の下にいた自衛隊の人!」遥は聞き覚えのあった柊の声にすぐに反応した。緊張がほぐれる。
「ここは、どこなんですか?自衛隊じゃなさそうですけど」
少年の意外な切り返しに、ふうん、と久能1士が息をためた。最近の子はみんなこうなのかしら。
冷静に物を見ることができているというか、妙に落ち着いた感じが少し障った。
そこにコーヒーを持った切鍔が戻ってきた。プラスチックのカップに砂糖とミルクをたっぷりとのせたトレイはいつひっくり返ってもおかしくない危ういバランスをかろうじて保っている。
「お察しの通り、ここは自衛隊基地じゃない。挨拶が遅れてすまなかったですね。僕は宇宙人侵略対策室で主任をしている切鍔競と言う者です。あ、コーヒーにミルクと砂糖は使いますか?僕は一切使わないので在庫はたっぷりです。どうぞお好きなほど使ってください」
「切鍔さん、俺らもここでコーヒー飲むの初めてですよ。接待なんかされたことない」
「今度コーヒーを飲みに寄りますね」柊と田辺が冗談めかす。
「おいおい、君たちは仕事で来てるんでしょうが」
一見和やかな雰囲気が流れたが、それはほんのひとときのことだった。全員にコーヒーがいきわたり、遥が年齢相応にミルクをひとつとスティックシュガーを一包入れたコーヒーを口にしたタイミングで。最初に切り出したのは、切鍔だった。
「――さて、早速だけれど話を聞かせてもらうよ?遥・ローエングリン君――これは本当に本名なのかい?日本人じゃないみたいだ」
その場に居合わせた全員の背中に冷たいものが奔った。切鍔の手には綴じられた数枚のA4用紙があり、彼はそれを長い息を吐きながら丹念に目を通している。こんなタイミングでなければ気づく事も無かったろう長く整った切鍔の睫毛から目が離せなくなっていた。
「あんたさっきまで態度を保留してたじゃないか。俺たちを騙したのか?」柊は自分の身体の異変に気づいて、呻いた。体が痺れて言うことをきかない。それは久能と田辺も同様のようだった。
「――やれやれ。時間が有限であることを知らないのかい?さっきまでは確かに態度を保留していたさ。だけど、もう決めたんだ。決めたらすぐ動く。それが僕のやり方だ」
かつてない緊張が流れた。




