インターミッションその2 それぞれの内部事情の、1
遥ローエングリンは、ひどくさっぱりとした気分で目を覚ました。
まるで体から全ての毒気が抜けたように清々しい。
一連の事がらを、思い返してみる。
空を高く仰げた高視点域から、脱力とともにするすると地表にむかって縮んでいった記憶が確かにあった。地面が近づいてきて、そして意識が途切れた。
右手、左手、右足、左足と、自分のパーツが揃っていることを確認する。体に掛けられた水色のブランケットから見える手足は特に拘束されているわけでもなく自由に動かすことができた。
微かに消毒液の匂いがする。
察するに、僕は保護されたのだろう。
部屋は白壁で覆われていて、エアコンで快適に空調は整えられてはいるものの窓らしきものはなく、出入り口と思しきドアがひとつだけ見えた。
ため息が出た。
おそらくこれから先、自身の自由はことごとく拘束されていくだろう。下手をすれば尋問や、最悪拷問だってされるかもしれない。もう一度巨大化すればこの場所から出ることは可能だろうが、その力が自分の中からすでにそこなわれてしまっていることはわかっていた。
望んでも巨大化は現時点では不可能だ。
僕が巨大化するには黒い粒子を体に入れなければならない。そしてその粒子は今ここにあるとは思えない。
体を起こしてみる。
違和感も、実験されたような痕跡も今はまだ、ない。
同じ建物の別の部屋では、宇宙人侵略対策課主任にして出納係の切鍔競が苦悶の表情で頭を抱えていた。
対策室には自衛隊所属「トルーパーズ」の三人が、両手を後ろ手に組んだ格好で直立している。
「そうやって黙って立たれているのはプレッシャーだし、僕もようやく君らにかける言葉が思いついた」切鍔の絞り出す声に覇気はない。
「――光栄で!ありますッ!」後ろ手から一転、びしっと敬礼をする柊陸曹。
「――光栄とかじゃないからね!?」切鍔が即座に切り返した。
ついさっきのことだ。吉祥寺での戦闘の直後、アポイントもなく裏口から彼ら三人と柊に抱えられた少年が現れたのは。
腹立たしいのは彼らが切鍔の部屋に入るまでに偽装の限りを尽くして誰に咎められるでもなく侵入してきたことだ。行動があきらかに確信犯の体を示している。
最初から自分を巻き込むつもりだったとしか思えない行動だ。
「最初に言っておくが、これは普通に、『案件』だよ。君たちはここに来るべきではなかった」
「しかし――」
「同じ公僕とはいえ、僕と君たちとでは立場が違う。君らは自衛官だ。本来保護した少年の身柄は、隊管轄基地の医務室預かりにでもすべきだった」
とはいえ、彼らがここにあえて少年を運び込んできた気持ちがわからないわけではなかった。
切鍔自身も彼らにそれとなく力を貸してきた背景があったからだ。
「憶測ですが、今あの少年を隊に連れ帰ったとしたら、きっと不当な扱いを受けると思います」普段あまり思いつきで口を出すことのない久能1士が、らしからぬ意見を口にした。彼女の視線は真剣そのものだ。
「それは自分の所属を否定する発言ではないのか?」
切鍔の言葉は鋭かった。少年を隠匿したことが露見すれば、彼らはそろって査問委員会にかけられることになるだろう。そんなリスクを冒す理由が、切鍔にはわからなかった。
「彼が仮に光の巨人だったとしてだ――。それを本部に報告するのが君たちのとるべき正しい選択なんじゃないのか?」
少年が光の巨人だと断じたのは、単に切鍔のカマかけであった。そうであってほしいと思う反面、そうであってくれるなよ、とも念じていた。
「今の自衛隊に彼を守ってくれる正義はありません。I.P.Uが機械的に判断を下すだけでしょう」
柊の言葉に切鍔は眉をひそめた。連れてきた少年が『光の巨人』だと確定したからだ。情報は欲しいが、少年を匿えば大きな問題に発展するのはあきらかだ。物事には通すべきスジと押し通るためのしかるべき順番が存在する。
「柊陸曹。貴官がトルーパーズの編成にあたってI.P.Uと折り合いが悪いのは知っています。だからあえてI.P.Uを通さず藤堂陸将に直接話を持っていけばいいんじゃないかと進言したいんです」
「そんなの、なお話になんないよ!少年が巨大化したなんて言ったものなら「宇宙人め!そこになおれ!」とか言って解剖一択だって!」
「――それに関しては、私も同意見であります」久能に続いて田辺2士も矢継ぎ早に断じてくる。
「そうかな?」切鍔が言葉に詰まった。頻繁に会っているわけではなかったが、彼は藤堂鷹虎陸将にさほど嫌悪感は抱いていない。旧世紀の遺物感は拭えないものの、実直で部下思いの人物評を切鍔自身はしていたからだ。
「とにかく我々がここに彼を――少年を連れてきたことは隊の総意です。今は主任の力をお借りしたい」柊陸曹が深々と頭を下げた。
「しかしなぁ……」頭を掻く。
そんな折、奥の部屋から意識を取り戻した遥ローエングリンが姿を見せた。




