武蔵野TVの事情の、3
「――聞こえているか」
凛とした声が少女の記録した最初の音声だった。当初そのスイッチは間違えて入ってしまったものだったようだ。しばらく暗い画面と時折、布らしきものが擦れる音が収録されている。
「――ないなら、その黒いデカブツを押さえ込め!」
「わ、なになに!おっきい人がいるよ!」子供たちが窓辺に寄ってでもいるのだろう複数のよく張った声が通る。
ここで少女は初めてスマートフォンが事態を録画していることに気づいたようだ。意図的にスマートフォンのカメラが校舎の外の様子をとらえはじめる。
「そのまま支えていろ!」自衛隊機の声だ。
「おい――!吐いてる場合じゃない!しっかりしろ」ここでカメラは大きくぶれた。学校内で指示が出されたのか、少女とともに移動が開始される。
「ああなんだよ!今ほんの少しだけ光の巨人がノイズなしで映ったってのに!」悲痛な叫びをあげたのはディレクターだ。カメラマンと有野アナはわずかなスクープも逃すまいと目を皿にして画面に喰いついている。中継車のモニターで見ても少女からコピーしてもらった録画映像は粗く、それでも不自然なくらい綺麗だった。
「やっぱりこの画像おかしいですよ」カメラマンの青年が首を捻る。
「どこがよ。きれいに映ってるじゃない」モニターからは目を離さず、有野はぶっきらぼうに言い捨てた。
「綺麗すぎるんですよ。画像自体は粗いですが、これまでこんなにはっきり宇宙人の兵器や戦闘風景をとらえた映像はなかった。あの子見るからにただの小学生ですよ?この映像なら軍に提出したって普通に受理されますって」
「そうなの?」
「音声だってほとんど入ってるじゃないですか。いままでピーとかガ―とかしか聞こえてこなかったはずでしょ?」
「偶然入ったんじゃないの?小学校って鉄筋コンクリート造りだから電波妨害されにくいとかさ」
有野がいい加減にしてよ?と、記録映像を一時停止した。目には本気の怒りが浮かんでいる。
カメラマンは「いや、しかし」と、以後の言葉を濁してやめた。彼自身、確たる証拠があったわけではなかったからだ。
再び映像が戻る。ポケットから取り出して外を映すアングル。
「ほらおかしいですって!今の今まで手に持ってた画面からいきなりポケットから取り出したみたいに映像が変わりましたよね。巻き戻してください」
カメラマンの必死の訴えに有野もプロデューサーも耳を貸さない。
「こういうのはいったん通しで見るもんだろ?素人じゃないんだからさぁ」
映像はクライマックスにさしかかっていた。
カメラはロケットランチャーで爆散した巨大獣が破片を霧のように降らせている映像をとらえており、光の巨人と巨人の足元に集結した自衛隊機が挙動を止めて戦闘の余韻を確かめている様子が映されていた。
巨人は足しか見えておらず、映像を見ていた三人は、三人ともが狂ったように「そこだ!そこで上にフォーカスしてぇ!」と無駄な悲鳴を上げた。
ここでまた画像が途切れ、音声だけが記録されるパートが入った。ノイズが時折混じるものの、会話のおおよそは聞き取れる非常に貴重な記録であるように思えた。
「――聞いた通りだ。戦場でゲロ吐くぐらい誰だってやる。俺には経験はないが、そうだな――たとえば、今あそこで大見得をきったうちの部隊の田辺なんかは――うんこ洩らしたんだぞ。それに比べればゲロだってそうだ――」諭すような声は記録の最初に入っていた声と同一人物のものだ。
そして「――うわああ!」と誰かの叫び声。
ここで記録は終了している。
カメラマンの青年はやはり納得がいかないという顔を崩さない。
その様子を見て有野ナンシーは「男ってどうしてこう考え方がカッタイのかしら」と鼻を鳴らしてみせる。結局光の巨人についてはその場を飛び去ったという少女の証言通りだったとして、音声から宇宙人の巨大兵器を倒したという『お漏らしヒーロータナベ君』の存在は確認が取れそうだ。
「まあ、色々わかんないことは多かったですけど、情報提供者の子にはお礼しなくちゃならないですよね。名刺渡して連絡先押さえましたので、まあ後日ってことで」
「ああ、でかした。なんて子だったんだ、その子?」
「ああ、ええと。小笠原ヱリちゃんて言ってましたね、確か」




