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武蔵野TVの事情の、2

 「そこんとこ詳しく教えてくんないかなぁ」有野ナンシーアナウンサーは、インタビュータブーを平気で乗り越える間抜けな発言とは知らず、自身の興味のおもむくまま言葉を紡いだ。

 視線の端っこでディレクターが青筋を立ててボードを幾度も指で叩いている。

 ボードにはすでに新しい指示がギリギリ読める字体で綴られていた。

 有野は一度それを確認したうえで、あえて別の質問を繰り出す。


 「君は光の巨人は見てなかったのかな――?」


 見たよ!と、今度は集団下校の他の子どもたちもすかさず反応を見せた。このくらいの年の子供がテレビに興味がないわけはない。隙あらば自分が発言してやろうと狙っていた層に言葉が刺さった。


 こうなればしめたものだ。 


 あとは子供らから適当に必要枠の尺を撮ったら、戻って編集すればいい。


 「ウルトラマン見た人――!」いっせいに手を上げて騒ぎ出す子供らに、引率をしていた上級生があきれ顔で匙を放った表情を見せた。


 すでに柊陸曹率いる自衛隊のトルーパーズは撤収していた。規制線が解除されてすぐに現地入りを果たした武蔵野TVではあったが、映像として放送できる()は安全区域内から超望遠で撮影されたノイズまじりの数分間のものだけだったため、ビル街に阻まれて活躍した自衛隊の精鋭部隊についてはコマのひとつすらなかった。有野とカメラマンが移動中に確認した映像でも光の巨人は終始巨大獣を支えている絵面だけで、期待しているアクションシーンや派手な撃退シーンは映っていない。

 子供たちとの会話の中で今回の戦闘の立役者の姿がようやく浮き彫りにすることができた。


 「脱糞しながらも戦う自衛隊員ね――」ふうん、と有野が視線を空に放つ。


 どう構成していこうか。


 まさか言葉面そのままを使うわけにもいくまい。かといって過度な虚飾はバッシングの火種になり得る。まして本来着目すべき光の巨人のことに一切触れずに構成ができるわけもなかった。

 「どうします?ディレクター?」

 「嘘にならなきゃ面白おかしく、だ。数字がとれるんなら多少は当たりの強い見出しでもしゃああんめえよ?」ディレクターの目がサングラスの奥で光ったような気がした。

 昼夜問わずサングラス姿にして毎日同じ帽子を被り続けるディレクターの真の姿を有野もカメラマンの青年もまだ直接拝んだことはなかった。もっとも、万が一装備をパージしたところで彼の頭が禿げていようが点目であろうが関心があるわけではなかったが、彼の視聴率を追求する姿勢だけは関係者からも一目置かれていた。

 

 しかし有野たちスタッフの粘り強い聞き込みもむなしく、既存の情報以外これといって有益な映像もインタビューも得ることは叶わなかった。

 「映像があってもここまで荒くちゃ編集でも無理です」カメラマンが泣き言をこぼす。

 「そうね。せっかく近くで撮った映像がこれじゃあね。そもそも何なのかもわかりゃしない」

 確認できた映像の全部がまともに映ってはいなかった。生まれたての子供がクレヨンで落書きしたような映像がノイズとともに流れている。声にいたっては一昔前のダイヤルアップ接続の音のように滑稽だ。

 「これも宇宙人の妨害工作なんだろうね」住民から預かった録画データを勝手に消すわけにもいかず、ディレクターが苦い表情を見せる。

 

 「小一時間無駄になったわね。また手詰まりか――」有野が絶望で再び天を仰いだ時、「あのぅ」と、か細い声がした。

 見ればそれはさっき集団下校を先導していた少女だった。


 「聞き違いでなければなんですが、助けてくださった自衛隊の方のお名前、多分『タナベさん』とおっしゃっていたと思います。上からゲロを、下からはその、()()を漏らしながらも懸命に私たちを守ってくださった英雄なんです!できればお礼を言いたかったのですが早々に帰られてしまって」彼女が有野らに提示したスマートフォンには、低解像度ではあるものの目標を確認できる映像と、切れ切れになった肉声が記録されていた。


 はじめに疑問を抱かなかったわけではない。


 しかし溺れる者は藁をつかむのだ。


 ()()()()悪意はない。

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